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目を覚ますと、見覚えのない光景が広がる。 埃っぽくて、薄暗くて…… そこはまるで、廃れた倉庫のような所だった。 椅子に座らされたまま、ロープできつく縛り付けられていて、身動きする事が出来ない。 「こんなに事して、ごめんね。柚希ちゃん」 人の良さそうな顔で俺に近付き、気を失っている間に拐い監禁された。 一緒にいると楽しくて、優しい彼を信じてたのに…… 裏切られた事が本当に悔しくて、感情のまま咎めたかった。 ただ、あまりにも…… 彼が悲しそうで、辛そうな顔をしていたので、結局何も言えなかった。 振動するスマホを取り、「着いた?じゃあ、僕の部下が案内するから、着いてきて」と言うと暁先生は電話を切った。 「暁先生、どうしてこんな事……」 「もうすぐ……わかるよ」 シャッターが開く音が聞こえ、遠くから三人の人影が、こちらへと近付いてくるのが見えた。 そのうちの一人は柊だった。 ショッキングピンクの髪の少年を連れ、手下と思われる男について歩いてきた。 「暁……?柚希まで……柊、俺とデートじゃなかったの?」 落胆し、とても悲しそうに話す、ピンクの髪の少年の声には、聞き覚えがあった。 両耳に沢山のピアスをしていて、左耳の黒い十字架のインダストリアルが目立っていた。 柊と同じ左上腕にあるタトゥーは、図柄も柊と全く同じ、十字架と黒薔薇のタトゥーだ。 その少年の目元には、妖艶な泣き黒子があった。 「美玲……?」 「……店とは雰囲気違うから、わからなかった?あそこで働いてる奴、だいたいの奴は派手な髪色してて、普段はこんな感じだよ。超高級店だし、客受け良くする為に、黒髪のウィッグ被って、ピアス外して。タトゥーや傷はファンデで隠してるだけ」 ピンクの長い前髪を、邪魔そうにかき上げる左手には、まだ血の滲む生々しいリストカットの傷跡が無数にあった。 「色々と手を煩わせてごめんね、柊ちゃん」 「二人は……知り合い……?」 「柊ちゃんと僕は、同い年の従兄弟だよ。幼稚園から大学まで、ずっと一緒なんだ。僕の名前は、樋浦暁(ひうら あき)」 「AHGの……リーダー……」 AHGは県南を仕切ってる、半グレ集団だ。 リーダーの樋浦暁は、柊とは対照的で、その人柄と人望で部下に慕われてるって、噂で聞いた事がある。 勢力はSHGと同じくらいで、ライバルみたいな関係だ。 「今はね。柊ちゃんも僕も、大学卒業前にはグループから抜けるよ。僕は不動産会社、柊ちゃんは建設会社を継ぐからね」 「余計な事言うなよ、暁。それより、柚希を返す約束は守るんだろうな?」 「もちろん。美玲を連れて来てくれて、ありがとう」 「ふざけんな!あんたなんか、大勢いる客のうちの一人だよ!プライベートで付き合いがあるからって、オンナだと思うな!しつこいんだよ、タコ!」 「美玲……」 ヒステリックに怒鳴り散らす美玲に、暁は寂しそうな顔をする。 「美玲、悪いけど俺と暁の間で、おまえの売買契約は成立してる。美玲のオーナーは、今は暁だ」 「嫌だ……!柊……、やめて!捨てないで……!」 「早く柚希返して、暁」 泣き出した美玲をよそに、柊は淡々と暁と話し始める。 話の内容からすると、俺を人質にして、柊に美玲を連れて来させた感じだった。 「お願い……捨てないで…………柊のそばにいられるなら、何でもする……AVでも、SMでも、スカトロでも……今までNGにした客も、嫌がらずに取るから……柊……俺の事、捨てないで……」 泣き喚き、縋りつく美玲を押し退け、暁の隣にいる俺の方へ、柊は駆け寄った。 柊に置いていかれ、ポツンと一人になる美玲。 固く縛られた俺のロープを解き、安堵したような柔らかい表情をする柊。 「…………柊が……あんな顔するなんて…………俺は……どんなに頑張っても…………柊に、選ばれないんだ……」 光を失った目からは、止めどなく涙が流れた。 美玲の絶望に染まった儚げな顔は、見ていて苦しいのに…… 目が離せないくらい、とても美しかった。

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