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暁が美玲に近付き、背中を優しく擦る。 「行こう……」と促し歩き出すも、美玲は後ろで立ち止まったまま微動だにしない。 「…………柊がいない世界なら……生きている……意味なんて…………ない……」 ポケットからカッターを取り出し、美玲は自分の首の頸動脈へ、薄く鋭い刃をあてがおうとする。 「何すんだよ……!」 暁がカッターを両手で掴んで止め、手から血を流している。 「死ぬな……」 「もう……、生きていたくない……」 「それでも、生きろ……」 「俺みたいな肉便器……生まれてきた、意味なんてないんだよっ!」 「これ…からだ……生きていて、良かったって……美玲が心の底から、そう思えるように……美玲の事、生涯大切にする……一生、何もしなくていい。身体なんか、売らせない。柊ちゃんの事、忘れなくて良いから……ただ、僕のそばにいてほしい……」 返事をせず、下を向いて声を殺して泣く美玲。 「幸せにするから、美玲……」 傷だらけの美玲の全てを包み込むように、暁は優しくふんわりと抱きしめた。 「柚希、帰ろう」 「でも……」 「暁に任せろ。行くぞ」 強く腕を捕まれ、早足で歩く柊に、たたらを踏みながらついていく。 振り返り二人を見ると、抱きしめられる美玲が、縋り付くように暁の背中に腕をまわした。 ◇ 帰りの車の中で、柊から美玲の話を聞いた。 「あいつは幼少期から、実の父親に性的虐待を受けていた。その上借金のかたに、幼いうちから売春まで強要させられて……俺と暁が高1の時に、中1だった美玲を見つけた。その時の美玲は不潔で、飯も食わされず、目も虚ろでガリガリに痩せこけていた……。むせかえるような、ザーメンと小便の臭いが体に染み付いていて……周りには蝿が飛んでいて……美玲は半分死にかけていたんだ。父親をボコって、債権者から俺の店で美玲を買い取り、世話をした。だから、あんな店でも……救われてる子供はいるんだよ」 美玲の壮絶な過去を聞いて、何も言えなくなった。 ニュースでは、よく見聞きする虐待。 身近で話を聞くのは初めてで…… しかも、実の父親に………… 衝撃的だった。 愛されず、 虐げられ…… 本当なら明るい未来があるはずの、 子供の人生を変えてしまう…… 意地悪はされたけど…… 美玲に幸せになってほしいって…… 心から、そう願った。

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