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宿題や自習が終わり、リビングへ向かった。
その途中、柊の部屋の前で立ち止まる。
美玲が辞めて人手が足りないのに、お店で大きなイベントがあるから、柊は朝から忙しそうにしていた。
多忙な中でも、俺の学校への送迎はきちんとしてくれて、作れないからって昼夜のご飯代を渡してきた。
「たまには贅沢しろよ」って多めにお金をくれたから、奮発してお寿司の宅配を頼んだ。お寿司が余ったら、柊に残しておこう。
ーーそういえば、帰りがすごく遅くなるって言ってたよな……
誰もいない部屋
柊は帰りが遅い
今が探るチャンスだと思った。
◇
柊の部屋に入り、玩具箱へ近付いた。
プラスチックで出来た玩具箱は、優しげなベージュの色合いで、クマのキャラクターの絵柄のものだ。キャスターと引手が付いて、小さな子供でも楽に引っ張れそうな作りだ。
二ヶ所の持ち手に付いてる、ロックをパチンと外した。
悪い事をしているみたいで、ドキドキしながら中を覗く。
大きな玩具箱に入ってたのは、手帳みたいな物と、手編みの小さな水色のミトン、あとは……写真が一枚だけ。
その一枚の写真を手に取る。
「うそ……だろ……」
写真に写っていたのは、美空だった。
ーー美空……?なんで……?……あれ……???
日付を見て疑問に思った。
西暦は今から21年前。
この頃、美空はまだ小学生だ。
写真の女性は大人で、しかも妊婦。
よく見ると、美空より控え目で、物静かそうな感じがする。
似てるけど、美空とは違う人物だ。
写真をひっくり返し、裏側を見てみた。
ーーーー“柊と私”ーーーー
書いた人の人柄がわかりそうな、丁寧で美しい文字だった。
ーー柊の……お母さん……?
今度は手帳のような物を見てみた。
「母子手帳……」
名前の欄には『樋浦透子(ひうら とうこ)』と書かれていた。
いけないと思いつつ、中を開いた。
ーーすごい……こんなに沢山……
そこには女性の想いが、隙間なくびっしりと書かれていた。
※ ※ ※ ※
『5月7日 妊娠3ヶ月。待ち望んでいた母子手帳が貰えた。もう、お腹の子の名前は決めている。12月7日が出産予定日だから、“柊”。早く柊に会いたいな……』
『8月7日 やっと6ヶ月目を過ぎた。今までお腹が目立たなくて良かった。景雪(かげゆき)さんと父と母に妊娠の事を話した。そして、もう堕ろせないって事も。景雪さんも父も母も……悲しそうだった。黙ってて、ごめんなさい。でも私、絶対生むから』
『10月23日 心臓発作を起こして入院する事になった。出産まで、このまま入院する様だって……先生に出産は厳しいって言われた。もしもの時の事を考えて、夫とどうするか決めておいてほしいとも……だから、景雪さんに、赤ちゃんを選んでって懇願した。景雪さんは、出来ないって……泣いていた』
『12月12日 予定日より遅れて陣痛が始まった。神様、お願い。柊を守って下さい。私を生きさせて下さい。どうか、お願いします』
ページが1ページ空き、次のページを捲る。
そこには、手紙のような文が書かれていた。
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柊へ
初めまして。私は柊の母さんです。
あなたがこの手紙を読んでるって事は……母さんはお空に行っちゃったのね。
柊に会いたかったな。お腹の中で柊が順調に育っていくのが、とても幸せだったよ。
柊はすごく元気な子で、母さんのお腹、いっぱい蹴ってたな。
早く会いたくて、すごく会いたくて……会いたくて仕方なかった。
柊の事、抱きしめたかった。いっぱい愛してあげたかった。成長する柊が見たかった。柊がどんな人と恋するか見たかった。
生きられなくて、ごめんね。愛してる、柊。
柊がみんなに愛されて、幸せで満ち溢れる日々になるようにって……
天国から祈ってる。
母さんより
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※ ※ ※ ※
ところどころ、涙で文字が滲んでいた。
それ以降のページには、何も書かれていなかった。
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