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第2話 私立四天学園

「しっかし、良かったよなぁ! このままクラス替えなしで三年に上がれるっつーことになってさ」 「ああ、おめえらと離れちまったんじゃ、せっかくの高校生活、ラスト一年が台無しだもんな」  始業式を終えたばかりの春四月、商店街のアーケードを練り歩きながら会話を弾ませているのは四天学園(してんがくえん)という男子校に通う三年生の面々だ。地元では『札付きの悪が集まる高校』などと噂されている、ここいら界隈ではちょっとした有名校である。  そんな噂に違わず、生徒らの誰をとっても一見にして褒められた風貌揃いではないが、いざ中に入ってみると案外気のいい連中が多かったりもするらしい。  つまり、当の彼らにしてみれば、単に色気付きたい年頃なのであって、見てくれが多少派手に映るだけで、世間から不良揃いなどと指差される筋合いではないというのが言い分らしい。  が、その一方では『男は力。弱いよりは強くて怖がられるくらいの存在』というのも、さして悪い気はしないらしく、名のある不良校というレッテルも満更ではないらしい。  ゾロゾロと放課後の商店街を闊歩する軍団の中心にいる男は、一八一センチの長身に緩やかなウェーブの掛かった茶髪、粋に着崩した制服の学ランをまとい、彼の周囲を取り囲むように、同じく長身揃いの仲間を従えている。否が応でも目立つ存在に輪をかけて、その彼の端正な顔立ちは、道行く誰もが振り返るような華やかさを伴っていた。  名を一之宮紫月(いちのみやしづき)というその男は、容貌からして周辺高校の中ではちょっとした有名人でもあった。  それというのも、モデル張りの見てくれに加えて、実家が道場を開いているということもあり、小さい頃から身に着けた武道のお陰で物怖じしないことから、喧嘩も強いと噂されていた。だからといってむやみやたらに威張るわけでは決してなく、どちらかといえば弱い者いじめや卑怯なことは一切しないといったふうで、そんなところもまた彼が崇めたてられている要因であるらしい。  とりあえず親しい仲間同士が同じクラスになれたことで気分も上々、高校生活最後の一年の出だしは好調とばかりに浮かれていた。そんな折だ。  ふと見やった先に何やら不穏な空気をまとった集団が目について、一同は歩を止めた。 「あれ、隣の桃陵学園(とうりょうがくえん)のやつらじゃね?」 「ホントだ。けど……見掛けねえツラだな」 「つか、あの雰囲気って一年坊主なんじゃねえの? 制服真っさらって感じじゃん」  紫月を囲むように歩いていた仲間の清水剛(しみずごう)橘京(たちばなきょう)が揃ってそんなことを口走った。  確かに真新しい制服に身を包んだ新入生らしい男子生徒が二人、彼らとは真逆の着慣れた制服姿をした四、五人の男たちに取り囲まれている。  深い青緑色のジャケットを着崩し、髪を赤茶色に染めている者、ベリーショートをワックスで立たせて髭を生やしている者など、誰をとっても目つきが鋭く態度も横柄で、どう見ても褒められたような素行ではない。一目で川向こうにある共学高校の連中だと察しが付いた。 「なんだ、川東(かわとう)のやつらじゃん。ありゃ、どう見てもカツアゲじゃね?」  川を挟んで東側に位置するから川東高校という名なのだ。剛と京の間を割るようにしてそう呟いたのは、もう一人の仲間である鐘崎遼二(かねさきりょうじ)だった。  この遼二と紫月は四天学園の”双頭”と言われていて、俗にいう”不良の頭”とされている。二人は同じクラスで家も近いことから、幼馴染みとしてツルんできた間柄だ。  小学生の頃から紫月の家の道場に通い、空手を身につけている遼二は腕っ節も強く、紫月を上回る長身の上に顔の作りもまた紫月と張るくらいの男前である。黙っていても女生徒らが放っておかない美男子の二人は、モテ過ぎるのがうっとうしいから男子校である四天学園を選んだ――というくらいの羨ましい風貌を備えていた。同級生の男らからすれば妬ましいくらいの存在でもある。  そんな遼二と紫月の二人だが、性質はサバサバとしていて、モテる割に女連中には興味を示さない。中学までは共学だったが、女子の前で気取るでもなければ、デートするよりも男友達とツルんでいる方がよほど楽しいといったふうなので、実のところ男子生徒らからの受けはめっぽう良かった。  喧嘩は強いし仁義に厚く、だが二人共に決して力をひけらかしたりしない。そんなところから”四天の玄武と蒼龍”などと言われては、一目置かれているのだった。 「仕方ねえ、ちょっと駆除してやっか」  紫月がそう言って苦笑すれば、 「だな」  遼二もクスッと鼻をならして同意する。  彼らがその集団をめがけて歩を向けたのに驚いて、焦ったように声を上げたのは剛と京の二人だった。 「おいおいおいおい……! ちょい待ち……って!」 「あいつら桃陵の奴らじゃん! まさかだけど、助け船でも出そうってのかよ!?」  桃陵学園というのは四天学園の隣校で、やはり同じように不良連中が集まると言われて名高い高校である。それ故、街中で顔を合わせれば一触即発の間柄で、しょっちゅう小競り合いを繰り返している因縁関係なのだ。  そんな桃陵の連中を――いかに他校の不良らに絡まれているからといって――助けてやる義理があるのかといった顔付きの二人を前に、遼二と紫月は不適な笑みで一掃した。 「まあ、そう言うなって」 「入学早々、気の毒だろ?」  確かにその通りだが、いわば”敵”であるはずの桃陵の連中に本気で手を貸すのかというように、剛と京は瞳をパチパチとさせながらも、おずおずと二人の後に従ったのだった。

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