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第5話 お前は俺の大事な親友

 紫月の部屋は母屋とは別棟に建てられた離れにある。曾祖父の代から道場を開いていることもあり、人の出入りが忙しないので、せめても家族が落ち着いて過ごせるようにと、この離れは紫月が幼少の頃に増築されたものだった。紫月は一人っ子なので、中学に上がると同時に、彼の自室としてこの別棟が与えられたのだ。  そんなわけだから、遊びに行っても両親と顔を合わせることもなし、気兼ねなく出入りできるというのもあって、紫月の友人たちがタムロすることも多かった。特に家が同じブロックにある遼二にとっては、我が家も同然である。勝手知ったる何とやらで、呼び鈴も押さずに玄関の扉を開けると、まるで自分の部屋に帰って来たような感覚で部屋へと上がり込むのは最早日常である。 「お! ちゃんと居るじゃん」 「……ああ、遼か。どした?」  ベッドを背にもたれ掛かり、観てもいないのにテレビの音だけが賑やかだ。家にはいたものの、紫月は相変わらずに覇気がない様子で、何か用でもあったのかというようにぼうっと視線だけを遼二へと向けた。 「明日から連休だしよ、ちょっと寄ってみただけ」 「あ、そう……」  いつもだったら休みに何処へ行こうかなどと盛り上がって当然なのに、どうにもそんな雰囲気にはほど遠い。 「どうせヒマしてんだろ? 今からちょっと息抜きに出ねえ?」 「――出るって何処に?」 「ん、いつものラブホ! 春休みに隣のおっちゃんの工場を手伝ったバイト料が入ったんだわ。だから今日は俺の奢りっつコトで」  重い空気を突き破るように遼二はわざとおどけ気味にそんな提案を差し出した。 「ラブホって……お前なぁ。まだ真っ昼間だぜ……」  紫月はようやくとテレビから視線を離すと、遼二の座る場所を空けるように脇へとずれる。まるで意識せずの自然な仕草だ。 「そりゃ、こっちの台詞! ”真っ昼間”っからボケーっとしちまってよ。どうせ観てもねんだろ?」  テレビのリモコンを手にしながら軽くザッピングを繰り返し、遼二も当たり前のようにして空けられたスペースに腰を落ち着ける。離れといっても大して広い部屋でもないから、大の男が二人肩を並べれば窮屈だ。  互いの体温を直に感じられる程にくっつきながら、二人はしばし観るともなしにテレビ画面を見つめていた。  この遼二と紫月は親友でありながらして、肉体関係を結ぶ仲でもある。無論、双方の両親をはじめ、親友である剛や京にも内密の関係だ。  別段、”恋人同士”などという甘やかなポジションの確約をしているわけではないのだが、共に整った容姿のおかげで、幼い頃から女たちにモテ過ぎてきたことがうっとうしくもあり――と、こう言えば高飛車で嫌な男共だと思われもするだろうが――実際のところ外見だけで興味本位に見られることに嫌気がさしているのは事実なのだ。そんな思いが高じてか、気楽に欲求処理だけをし合うような間柄になっている。いわゆるセフレというそれだ。  小学校の高学年頃から女子連中の間でもてはやされることも多くなり、中学に上がるとそれらは一層加速した。告白されて付き合ったこともままあるが、交流が進む内に、イメージと違っただの、女心が分からないだのと、大概は面倒臭いことになって振られたりするパターンも少なくない。紫月の方はもともと愛想の良い方ではないので、そういった経験も言うほど多くはなかったが、男女問わず誰に対しても人当たりのいい遼二にとっては、女たちから告白されることも茶飯事だった。  そんな中で、遼二が女たちと距離を置きたくなった究極の出来事に遭ったのは、高校に入って間もなくの頃だった。  中学卒業と同時に、これからは高校が離れてしまうからという理由で、同級生の女子から告白されて付き合ったものの、或る時、陰でその彼女が自分のことについて噂しているのを聞いてしまったのがきっかけだった。  女友達数人に囲まれて、『イケメンの彼氏羨ましいー』などと言われ、彼女自身も自慢げだった――そこまでは、まあいい。問題はその直後に彼女から飛び出した台詞だ。  『外見はね、確かにカッコいいけど、実際お金無いしね。デートでは一応奢ってくれるけど、ご飯はファーストフードか良くてファミレス、映画に行くでもなきゃアミューズメントパークなんて夢のまた夢だし。やっぱり彼氏にするなら社会人に限るよね!』  そんなふうにため息を漏らす彼女に、『じゃあ何で遼二君に告ったの?』と訊かれて飛び出した答えが、『だってこれから学園祭あるじゃん? 他校から彼氏を招待って感じで、連れて歩くのにはちょうどいいんだもん。見た目だけなら自慢できるイケメンだしさ。まあ……校内彼氏っていうか、悪く言っちゃうと”保険”みたいな?』クスクスと可笑しそうに言い放った。  『ええー、そんならアタシに分けてよ』女友達の言葉に、『ダメ! あれは高額保険のオトコなんだから』『やだー、その内、保険金殺人でもする気?』『冗談! あいつにそんな保険料払えるような甲斐性ないって!』キャハハハ――という笑い声に目眩がしそうになった。  正直、愕然となった。  当然、即行で別れたし、しばらく女は懲り懲りだと思った。自分の前では割合おとなしめというか、可愛い印象が強かった彼女も、本性はあれだと知った途端に世の中の女が皆、末恐ろしく思えるようになってしまったのだ。  まあ、その彼女とて本心からそう思っていたわけではなかったのかも知れない。もしかしたら、周囲の友達に遼二を盗られたくなくて、わざと謙遜したようなことを言っただけなのかも知れないが、この時の遼二は彼女の言葉通りに受け取ってしまったわけだ。仮に遼二がこの彼女のことを心底好きであったなら、また違った受け取り方ができたのかも知れないが、いずれにせよ、この彼女とはそれだけの縁だったということだ。  そんな遼二の痛手にも、紫月は一緒になって本気で腹を立ててくれたり、時には笑い飛ばしながら慰めてくれたりもした。親友というのは本当に有り難く貴重だ。  女とデートの飯事に興じるよりも、気取る必要のない紫月の傍にいることが数百倍も心地良い――遼二には心からそう思える気がしたのだった。  そんな二人が”親友”という枠を超えて深い関係にはまってしまったのも、ひとつには若さ故だろうか。一緒にいて心地よい――を通り越して、好奇心と興味にそそられるまま、本能の赴くままに、いつしか性的な意味でも触れ合うようになっていったのは或る意味必然だったのかも知れない。 「こんトコ、ちっとご無沙汰だったろ? んだから抜き合いでもすりゃ、気も晴れっかと思ってよ」  照れ隠しなのか、少々紫月の機嫌を窺うように頬も染め気味に訊く。そんな遼二を横目に、紫月は一瞬癒やされたとでもいうように目を細めたが、すぐに苦笑まじりで『今日はやめとく』と、あっさりと断り文句を口にした。  まあ、そんな予感はしていたし、遼二にしてみればこれも想定の内だ。先日からの悩み事から抜け出せていないのだろう彼が素直に『うん』と言うわけもなかろうと、軽くため息をついた。 「ま、抜き合いってのは冗談だけどよ。お前、ずっと様子がおかしいから気になっててさ。ちったー元気出っかなって思っただけ」 「ん……? ああ、悪りィな。つか、そんなにヘンか、俺?」 「まあな。剛や京だって気にしてたし。なあ、紫月よぉ……お前の悩みって俺らにゃ言えねえことなわけ?」  生真面目な顔でそう訊くと、紫月は若干我に返ったようにして、薄く笑いながら遼二を見やった。

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