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第6話 赤い指輪の男

「悩みっつか……ンな大袈裟なこっちゃねえけど……」 「こないだ言ってた”朱雀”がどうのって……それが気掛かりなんだろ?」  話せよ――、教えろよ――と、敢えて訊かなかったのが良かったのか、観念したというようにして紫月はここ数日の秘め事を打ち明け始めた。 「実はさ、こないだ駅前ですれ違ったヤツにもう一度会いたくて捜してたんだ」 「すれ違ったヤツ……?」 「ん……。そいつを見掛けたのと同じくらいの時間に毎日駅前で張ってみたりしてたんだけど、トンと空振りでな……お前らと一緒に帰んなかったのはそういう理由。だから別に機嫌悪りィとか、悩んでるとかじゃねえんだけどな」  ツラツラと話す紫月の説明を聞いて、ギョッとしたように遼二は瞳を見開いた。軽く硬直状態に陥ってしまった――といっても過言ではない。しばし相槌ちも返せずに、瞬きすらままならない。そんな様子に気付く感もなく、紫月の方は流暢に先を続けた。 「で、そいつが真っ赤な指輪をしてたもんで、それを目印に人の手元ばっかり目で追ってる内に思い出したんだわ。確か四神の朱雀とかいう鳥がいたじゃん? 鳳凰っつったっけ、確かにあんな色の指輪だなーってさ。お前には――つか、剛や京にも心配掛けたみてえで悪かったっても思ってるけどよ……まあ、そんなワケで……」  正直なところ、『四神の――』というあたりから後の言葉は耳に入ってこなかった。傍で紫月がしゃべっているのは分かれども、内容は全く頭に入らない。遼二はそれ程に驚いていた。 ◇    ◇    ◇ 「――じ、――ぅじ、りょうじ! なあ、おい遼!」  肩先を肘で何度か突かれて、ようやくと遼二は我に返った。 「んだよ、今度はおめえの方がボケーッとしちまってよ。俺に悩みを話せだの言っておきながら、これじゃお互い様っつか、あべこべじゃね?」 「え……、あ、ああ……すまねえ」  まだ呆然としたまま、視線だけを隣へ向けると、紫月がこちらを覗き込みながら微笑っていた。  すっかり普段の彼に戻ったかのように見えるのは、悩みを話したことで気が晴れたからなのか、ここ数日ぼうっとしていた雰囲気はなく、覇気が戻ってきたような感じである。  逆に覇気を失くしてしまいそうなのはこちらの方だ――遼二は自分でも理由の分からないままに、硬直状態から抜け出せなくなりそうだった。  紫月から打ち明けられたことがそれ程に衝撃だったというわけか――ようやくと返した相槌はうわずり、口の中がカラカラに乾いてしまって、上手くは言葉にならない。 「……つまり、何? その……赤い指輪をしてるっつー女に……もっかい会ってみてえ……とかで捜しに行ってたってこと?」  そう訊く声も、普段通りに滑舌が回らない。  が、紫月の方は遼二の様子が少々おかしなことになど、全く気付かずといった調子で先を続けた。 「違えよ! 女じゃなくて男。野郎だってば」 ――――!? 「お……とこ?」 「ああ。いくらファッションつっても、今時あんなでっけー真っ赤な指輪をしてるヤツなんて、そうザラにはいねえって。んだから、すぐに会えるかもって思ってたんだけど、浅はかだったかも……。で、そいつがさ――」  正直なところ、その先の説明など聞きたくもなかった。  無性に苛立つようでもあり、何故だか分からないが焦燥心がこみ上げて苦しい――苦しくて堪らない。何故こんな気持ちになるのか分からないままに、遼二はこの苦しさから逃れるように、ギュッと拳を握り締めた。  たった一度、すれ違っただけの男にもう一度会いたいが為に、紫月は毎日のようにその人物を捜しに歩いていたというわけなのか――。  いつもツルんでいた自分や剛に京、そんな仲間を放ってまで――授業が終われば飛んで帰り、駅前で待っていたというのか。  毎日毎日、覇気がなく、様子が変だと誰もが感じるくらいに――その男のことで頭がいっぱいだったというわけか。  遼二は、自らの感情がコントロールできないくらいに胸中も頭中も困惑でいっぱいになっていた。 「紫月よ……」 「ん?」 「……ッ、もしか……そいつに惚れた……とか?」 「あ――?」  紫月は一瞬ポカンと不思議そうな顔をし、だがすぐに『バッカ! ンなんじゃねえよ』と否定して笑った。だが、その頬が僅か薄紅色に染まったのをハッキリと見て取って、遼二は取り留めのない気持ちに陥ってしまいそうになった。  それは、まるで火に油を注いだように急激に燃え上がる何かのようでもあり、或いは平穏無事で何の不安もないはずなのに、無性に恐怖に駆られるようでもあり――理由のない苛立ちに翻弄されるようで堪らない。何もかもをぶち壊したくなるような衝動が湧き上がるようでもあって、怖くさえなる。理性では”そんなことをすべきではない”と分かっているのに、到底抑えられないような、ともすれば何をしてしまうか分からないような、大きな不安が身体中を包み込むかのようであった。  砂浜に立ち、波が引く際に砂ごと足が掬われるような感覚が襲い来る―― 「……な、紫月……」 「ん?」 「やっぱ――しねえ?」 「――? するって、何を?」  キョトンと無防備で悪気の無い表情が首を傾げて覗き込んでくる。そんな仕草は極めつけだった。 「――何って、ンなの、決まってんだろ」  自らの声が別人のように冷ややかだ。それに伴うように、次第に冷淡になっていく気持ちも信じ難かった。 「”する”っつったらセックス。それ以外に何があるよ」 「え……!? て、おい! ちょっ……遼ッ!」  腕を鷲掴みにし、勢いよくベッド上に引きずり上げる――。  そうする仕草を、幽体離脱でもした別の自分が見ているような感覚に陥る。  そんな遼二の突然の奇行に、紫月の方は驚いたように瞳を見開いた。 「ンだよ、いきなし……っ、おい遼……!」 「…………」  遼二は相槌を返すでもなく、淡々と無体な行動を繰り広げていく。  唖然とする紫月を組み敷いて馬乗りになり、動けないようにガッシリと体重を掛けて組み敷き――戸惑う様を見下ろす。元々ルーズに着崩されている白いシャツを力尽くで引き毟るように肩先をあらわにすれば、その勢いで胸元のボタンが一つ、二つと千切れて飛んだ。

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