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第7話 嫉妬と――大喧嘩と――

「何しやがんだ、てめ……っ! ちょ……っ、よせっつってんだろ!」  シャツを破かれたことで、紫月は遼二の理不尽な行動に腹を立てたようだった。  が、遼二にしてみれば、抵抗の言葉を聞いて苛立ちに拍車が掛かる――そんな気持ちのままに、思い切りはだけた肩先に噛み付いた。ガリガリと歯を立て、傷を押し広げるように激しく口づけ、肌ごと吸いちぎる勢いで紅い痕を散らしていく。最早どうにも衝動をとめられなかった。 「……痛ってーよ、バカッ! 噛み付くとか信じらんねッ! てめえは狂犬かっつーの!」  紫月も負けじと膝を立てて、覆い被さってくる遼二の腹に蹴りを繰り出す。 「放せっつってんだろ! 何なんだよ、いきなしっ!」 「冗談……! これからヤろうってのに、放す気なんかねえし!」 「はぁッ!? ……ッざけんな! 誰がヤるなんつったよ! 好き勝手しやがって!」 「そりゃ、お互い様だろ!?」 「は!? ンな、今みてえなてめえとなんか……ぜってーご免だわ!」 「――は、酷っでえ言い草……! 他に好きなヤツができた途端、俺はお払い箱かよ?」 「何……言って……んだ、……ッの、遼二てめえ……ワケ分かんねっ!」  互いに段々と本気になり、あわや掴み合い寸前の雰囲気が二人を包む。止まらない気持ちのままに、更になじり合いがエスカレートしていく―― 「だってそうだろ? たった一度すれ違ったヤツのことを捜して、毎日毎日駅で張り込みってさ……」 「誰が張り込んでなんか……いっかよ! 勝手なこと抜かしてんじゃねえし!」 「俺ンことはともかく……剛や京まで放っぽって、放課後んなると駅前に一目散ってさ。そんで指輪の男を捜してたって? とんだ一目惚れもあったもんだぜ!」 「だ……から、一目惚れなんかしてねっつの!」 「じゃあ何! 名前も……どこの誰かもよく知らねえヤツを待ち伏せる為に毎日すっ飛んで帰って、駅前でそいつが通り掛かるの張ってたんだろ!? 一目惚れ以外のなにものでもねえじゃねえかよ!」 「っるせーなッ! 何、突っ掛かってんだ! マジうぜえ!」  取っ組み合いの末、紫月の張り手が遼二の頬を直撃、唇の端が切れて血が滲んだ。 「……ふ、本気で殴りやがって。そんなにイカれちゃってんだ?」 「はぁッ!?」 「お前さ、そいつ見つけてどうするつもりなわけ? 野郎に告られて喜ぶ男なんて……世の中にゃ、そうゴロゴロ転がってるわけじゃねえんだぜ?」 「は――? 告るって何? 勝手な想像で当たり散らしてんじゃねえよ!」 「てめえこそ何ムキになってんだって! まさか図星かよ!? ホントのこと言われっと、アタマくるってか?」 「ンだと、てめえ……」  まだ言うかとばかりに、紫月は額に青筋を立てて遼二を睨み付けた。ギリギリと歯軋りの音までもが聞こえてきそうなくらいの形相だ。それを見ている遼二の方は自嘲の為か、或いは紫月に対する侮蔑なのか、冷笑が止まらない。 「ま……、お前案外エロいから? そいつも興味本位でノって来っかも知んねえけどな。そしたら……俺とやってたみてえに今度はそいつと抜き合いでもするってかよ」 「はぁッ!? バカか、てめえは! ……遼二……いい加減に……」 「――別に俺らは付き合ってるでもなきゃ、恋人同士ってわけでもねえから? てめえが誰と何しようが自由っちゃ自由だけどよ。……にしても、マジ、好きモンなんだなお前。上手いこと両想いにでもなったら、そいつ引ん剥いてヤっちまうのが目的か? それともそいつに……抱かせてやったりすんの――」  破廉恥とも思えるセリフに、紫月は思わずカッと頬を染めた。別段、羞恥の為だけではない。怒りのまじった感情が額に青筋を浮かび上がらせていく――。  そこまで突っ掛かられる筋合いか、しつこく罵倒を繰り返されて、紫月は本気でブチ切れた。  自分の部屋で本気の取っ組み合いなどを始めれば、親が驚いてすっ飛んで来るか、大騒ぎになるかも知れないが、いい加減感情を抑えるのも限界だ。そんな思いのままに、紫月は遼二の脇腹に本気の拳を一撃食らわせると、一瞬よろけた肩先目掛けて蹴りをくれ、ベッド下へと突き飛ばした。 「……は、マジ切れかよ?」  遼二の方も今の一撃で頭に血が上ったのか、もう止まらない。飛び掛かる勢いで再びベッド上へと駆け上り組み敷くと、ボタンが飛んであらわになっていた肌ごと引き裂くように、ビリビリとシャツを破って紫月の上半身を素っ裸に剥いた。そして、ベルトをも壊すように抜き取り、ジッパーさえも引き千切る勢いで両手を掛けた。 「……ッにしやがんだ、この変態野郎が! サカリがついた犬かよッ!?」 「ッるせーな! ヤリチンの淫乱野郎に言われたくねえわ!」 「はぁッ!? マジ腹立つんだけど! それ以上言ったらブッ殺すぞ……!」 「できるもんならやってみろよ! この……好きモンッ!」  こうなってはもう手が付けられない。完全に本気で掴み合いが始まり、部屋中の物がガラガラと大騒音を立てて散乱していく。互いに腕っ節に自信があるせいでか、壁に叩き付け合ったり、ドアも蹴破らん勢いだ。  母屋とは別棟の離れといえど、それでも酷い騒音に、ただ事ではないと驚いた母親が飛んでやって来た。 「何してるのっ!? 紫月ッ――! 遼ちゃんも……まあ、まあ何てこと……あんたたち……!」  如何に子供たちと言えども、長身の高校男児が二人、本気で殴り合いをしている現場を仲裁するなど、母親では歯が立たない。片や遼二は唇が切れて血が滲んでいるし、紫月の方は服も破れていて、乱闘の凄まじさを物語っている。驚きを通り越して半分涙まじりに、 「お父さん! お父さん、早く来てちょうだいッ! お父さん――!」  声も掠れる程の叫び声を聞きつけて、道場で稽古を付けていた父親までもがすっ飛んでやって来た。 「何やってるんだ、てめえらっ!」  ドアを蹴破る勢いで叩き開け、怒鳴られたことで、ようやくと我に返ったようにして、遼二と紫月は殴り合いをやめた。 「喧嘩は両成敗だぞ!」  そう言いながらも、一応は実の息子である紫月の方から叱るのが順序というわけなのか、目を覚ましてやるとばかりに、床にへたり込んでいた彼の頬めがけて一発張り手を食らわせんと腕を振り上げた。その時だった。  バシッという音と共に紫月の父親の手が叩いたのは遼二の頬だった。咄嗟に紫月を庇うかのように、彼の目の前に身体を投げ打って出た――といわんばかりの遼二の行動に、紫月はもとより父親はめっぽう驚き、一瞬だが、たじろいだようにして硬直する。振り上げた手も行き場を失くしてしまったかのようだった。

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