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第9話 私立白帝学園

 遼二と紫月が互いの自我をほとばしり合わせていた――同じ頃、隣り街にある一つの学園でも又、己に降りかかる運命に弄ばれようとしている者たちがいた。  港を見下ろす小高い丘の上に、古き佳き時代を思わせるようなその洋館は佇んでいた。  まるで中世の城を思わせるような雅やかな建物が所々に点在し、それら全てを囲むようにそびえる柵は凝った造りのアイアン製だ。広大な敷地にあるその建造物は、良家の御曹司が通うとして有名な私立白帝学園であった。  敷地の中央にある大聖堂の鐘の音が終業時刻を告げれば、建物前は次第にざわざわと賑やかな青少年たちであふれかえる。  彼らは皆そこはかとなく華やかで、そんな雅な雰囲気の集団の先には豪華な黒塗りの高級車が門の前に列をなしている。たいがいは運転手の他にもう一人、車外に出て居ずまいを正しながら主の帰りを待つ執事のような男がいる。 「坊ちゃま、お帰りなさいませ」  丁寧に頭を垂れながら、優雅な所作で車のドアを開くと、うら若い主人を乗せてまた一礼する。放課後のこの時間帯に白帝学園の門の前に並ぶこの雅な光景は、いわば名物でもあった。  そんな賑やかな門前とは打って変わったような雰囲気のひっそりとした中庭を、トボトボと歩く一人の学生の姿があった。  色白の――まるで作られた人形のように美しく整った顔立ちの彼は、どうやらこの春に高等部に進学したばかりの、身なりからするならば一年生のようである。襟足がすっかり隠れるくらいの長めの髪に夕陽が透けて、彼の整った顔立ちをより一層引き立ててもいた。  少々憂鬱そうな面持ちで歩くその足取りから察するところ、あまり望まない行き先に向かっているかのようにも感じられる。中庭を抜け切ったところに秘めやかに佇むその建物を目にした瞬間に、彼はほうっと小さく溜息をついた。  その原因は――まるで自分を監視するかのように後を付けてくる数人の学生たちにあった。終始冷やかな視線で、ひそひそ話を繰り返しているのが聞こえてくる。 「あいつ、今日も生徒会長のプライベートルームへ押し掛ける気か?」 「どうやらそうらしいね。大していい家柄でもなさそうなのに、入学するなり生徒会のメンバーに抜擢されたってだけでも腹立つってのに!」 「しかも、もらった役職が会長付の補佐役だなんて! ほんっと図々しい奴だよ」 「家柄なら僕の家のコンツェルンの方が数億倍上だっていうのに、何で会長もあんな奴を側付きになんか任命したんだよ!」  彼らはクラスこそ違えど、この春に入学した同学年の生徒たちである。  この白帝学園では財閥の御曹司などが集まっている為、高等部に進学すると同時に、既に社交界的な付き合いを意識するようになるのである。それは親の代からの伝統ともいうべき風潮で、高等部で生徒会のメンバーになるということは、将来が約束された登竜門とされていたのだった。  故に入学と同時に皆はこぞって生徒会への入会を目指す。上級生に知り合いがいれば推薦してもらえるし、そうでない者は少しでも先輩たちの目にとまろうとして、自身のアピールに命懸けになる者すらいるらしい。  そんな中で、大したコネも無さそうなのに、いきなり生徒会長付の補佐に抜擢されたこの彼は、始終妬みの的とされていたのである。 「あいつ、アイリス組の柊倫周とかいう奴だろ? ちょっと顔が綺麗だからっていい気になりやがって」 「きっと陰で会長に取り入ったに決まってる! おとなしそうな顔して汚いことするよね」 「そうそう、知ってるか? あいつ、色仕掛けで会長に取り入ったらしいって噂!」 「ええ!? じゃあ、まさかだけど身体使ったってこと?」 「そうらしいよ。確かに女みたいな顔してるけど、いくら何でもそこまでしていい役に就きたいって……神経疑うね!」  根も葉もないことである。入学以来、毎日のようになされる陰口と嫌がらせで、倫周というこの少年は、ほとほと憔悴していたのである。 「この……淫売男! これでも食らえ!」  酷い罵倒と共に何かが飛んで来たと思った瞬間、額あたりにガツンとした衝撃とめまいを感じて、思わず足下を取られ、その場に転げてしまった。 「ざまあ見ろ!」 「消えろよ!」  捨て台詞と共に飛んで逃げていく気配を感じながら額に手をやれば、うっすらと血が滲んで、ふと視界に入った地面には大きめの石ころが転がっていた。それらを目にし、訳もなく涙が滲んでくる。  決して好きで生徒会なんかに入ったわけじゃない。どちらかといえば、目立たず平穏に高等部の三年間を過ごせればいいと思っていた。倫周はどちらかというと引っ込み思案な性分の、おとなしい少年だったからである。  それなのに、いきなり生徒会に抜擢されたと思ったら、会長直々の指名で、こんな大それたような役を押し付けられてしまったのだ。先程の同級生らが言うように格別のいい家柄というわけでもなければ、上級生とのコネなど皆無だった。ましてや会長との面識など以ての外だ。倫周は、どうして自分がこんなふうに取り立てられたのか、当の本人にもさっぱり分からなかった。  そんな気重をそのままに、暗い表情で会長室のドアをノックする。  すると、中からは雅なテノールが待ちわびたように『お入り』と促した。

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