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第10話 美貌の生徒会長

「お帰り、倫周。待っていたよ」  大きな西洋風の窓越しに置かれた、まるで大会社の社長が座るような立派な机で書き物をしていた手を休めてペンを置く。長い睫毛の大きな瞳を細めながら、ちらりと腕時計に目をやった。  ごくごく何気ない、そんな所作ひとつをとってみても優雅でしなやかで――背後に大輪の薔薇の花の背景が思い浮かんでしまう。まるで劇画の中に住まうようなその彼こそが、この白帝学園に君臨する生徒会長その人であった。  彼の名は粟津帝斗という。海外にも名を成す程の大財閥の御曹司であり、学園創設者の曾孫という立場の彼は、単なる生徒会長として一目置かれているだけではない。見目麗しく、成績は文句なしのトップを独走、全校生徒にも絶対的というほどの主導権を持っていて、いわば憧れの的であった。  まるで金髪と見まごうような色合いの、やわらかな髪を揺らして上品に微笑む。掛けていた椅子から立ち上がれば、うっとりとするほど細身の長身に絹製の制服がよくよく似合ってもいる。まさに白馬の王子という言葉がぴったりな感じの、育ちの良さを含めて全身から放たれる雰囲気は、学園に君臨する絶対的存在であるというのはうなずけた。  その帝斗が逸るような気持ちで待っていたひとりの生徒、それが今部屋を訪ねて来た憂いのある少年、倫周である。 「今日は少し遅いから、心配……」  『――したよ』と言い掛けて、帝斗はギョッとしたように倫周をみやった。 「倫! お前、どうしたの、その怪我は……! おでこから血が出ているじゃないか!」  慌てて掛け付けた彼の瞳は驚きで更に大きく見開かれて、心底心配しているというのがよく分かる。蒼白なその表情ですら、整い過ぎといっても過言でないくらいの美しい顔立ちだけ見ても、全くもって劇画の中の王子そのものだ。学園中から羨望や崇拝の眼差しで見られていることは揺るぎない事実であり、それは倫周自身でさえもうっとりと見とれてしまう程だ。先程の同級生らがやっかむのも、ある意味当然と思えた。  頬を包み込むように両手を添えながら、切れた額の様子を真剣な表情で窺っている。 「他に傷はないようだね」 「……はい、大したことないです。来る途中にちょっと転んでしまって……」  うつむきながら答えれば、 「もしかして……また嫌がらせを受けたのかい?」  眉間に皺を寄せながらそう訊かれて、倫周は焦ったように帝斗を見上げた。 「いいえ……! これは本当に僕の不注意で……。おっちょこちょいなだけなんです」  言葉とは裏腹に、うつむき加減の表情には明るさがない。何かを懸命に隠そうとしているのは明らかだ。  そんな様子に、会長・帝斗は申し訳なさそうに瞳をしかめた。 「ごめんよ、倫。僕がお前を生徒会役員に引き入れたりしたせいで、少なからず嫌な思いをしているんじゃないかと思っているよ」 「いえ……そんなこと……」  別にこの会長が悪いわけでは決してない。むろん、嫌いなわけでも――ない。  優美で聡明な、いうなれば素晴らしい先輩でもある彼だ。確かに強引なところもあるが、何かと気遣ってくれたりと優しい一面だってある。こんな役を与えられずに遠目から皆と一緒になって眺めているだけの立場だったなら、間違いなく憧れたことだろう。同級生らに妬まれるのは不本意だが、かといって会長本人を目の前にして、正直に『役を降ろして欲しい』などとは到底言い出せずに、倫周はただただうつむくしかできなかった。  そんな思いを知ってか知らずか、会長・帝斗は重苦しい空気を破るように明るく微笑んでみせた。 「ねえ、倫――」 「……はい」 「そろそろゴールデンウィークだろう? 倫は何か予定がお有りかい?」  にっこりとやわらかに笑みながら訊く。まさに王子の微笑みといわんばかりの優美さだ。こうして傍にいるだけで自然と胸がドキドキとしてくるようだ。倫周は無言のまま、首をブンブンと横に振るのみが精一杯だった。 「そう、特に予定はないんだね?」 「はい……ありません」 「良かった。だったら僕と一緒に旅行しないかい?」 ――え!?  突然の誘いに、倫周は驚いて帝斗を見上げた。 「せっかくの連休だ。ずっと家に居たって退屈じゃないかい? 僕はね、毎年ゴールデンウィークはバリ島で過ごすんだよ。今年はお前と一緒に行けたら嬉しいんだけど、どうかな?」  僅かに首を傾げて、意向を窺うように微笑んでくる。こんな笑みを向けられてはどうにも断りようなどない。 「あ……あの、でもよろしいんでしょうか、僕なんかがご一緒しても……」 「もちろんだよ! 僕はね、倫と一緒に行きたいの!」 「あ……ありがとうございます。でも、その……一応両親にも訊いてみないと……」 「そうだね。だったら僕からもご両親にひと言ご挨拶を入れさせてもらおう。名目は生徒会の研修旅行っていうことにすれば、ご納得頂けるんじゃないかな。お前も話を合わせてくれれば助かるよ」  何とも強引なことである。  確かに、名門であるこの白帝学園の生徒会行事に参加させてもらえるなどと聞いたら、家の者はまず反対などしないだろう。倫周が生徒会のメンバーに抜擢されただけでも、両親は手放しで喜んだくらいである。  白帝の名を聞きかじったことのある者ならば無論のこと、周辺街区に住む者たちにとって、それがたいへん名誉なことだと、暗黙の了解なのである。  こうして倫周は高等部に入って初めての大型連休を、会長・帝斗に連れられてバリ島で過ごすことになったのである。

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