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第11話 夏キャンプの出来事

 連休も中日を迎えようとしていた頃、川崎四天学園の遼二らは、紫月がすれ違ったという”赤い指輪の男”捜しに奔走していた。最初の二日程は遼二一人だけで駅周辺を捜し回るのみ、何の収穫も得られなかったのだが、そんな様子を知った親友の剛と京が参戦してくれるようになったのである。  休みに入る前、紫月と悶着して以来、彼には会っていない。駅前で待ち伏せもしてみたが、紫月はむろんのこと、肝心の指輪の男も現れなかった。まあ同じ歳くらいであるならば、その男も学生であるに違いない。仮に大学生か社会人であったとしても、連休の間はこの道筋を使わないのかも知れない――道行く人々の手元だけを見つめながら、遼二はため息の数だけが増えていく自分に苦笑の思いでいた。  今頃紫月はどうしているだろう。一緒に捜してやると告げたからなのか、彼が駅前に姿を現すことはなかった。毎日のように交わしていた電話もメールも、あれ以来音沙汰がない。いつもだったら、ほんの些細なことでも、たとえひと言だけでも必ずといっていい位メールでのやり取りをしていたのが懐かしく思える程だ。行き交う人混みを見続けているのに疲れて携帯の画面を開けば、思わず胸がキュッと掴まれるような文字の羅列が飛び込んできた。  *  風呂出た。お前は?  俺は今、便所b  便所で何してんだって(笑)  お前が想像してること(爆)  励めよ?(笑)  手伝いに来てくれてもいーぜ?  バーカ(蹴)  ――――――――  これから寝るわ  おやすみのチューは?  バカ言ってねえで早く寝ろ(笑)  添い寝に来る?  プツッ←通話の切れた音w  * 「は……! ほんっとバカなこと言ってんなぁ、俺ら」  画面の中の文字を見ただけで、自然と頬が緩む。こんなに短いやり取りの中に、収まりきらないような愛情友情があふれているような気がする。意識せずとも瞳を細めて口角を緩ませながら画面を見つめるその様を、もしも知らない誰かが傍で見ていたなら、そこはかとなく幸せな表情をしていると思うことだろう。  さかのぼって文字を追い続けていく内に、鼻の奥がツンとくるような、目頭が熱くなるような気がして、遼二はパタリと画面を閉じた。  思えば、紫月とこんなふうに四六時中ベッタリと共に過ごすようになったのはいつの頃からだったろうか。ほんのお遊びの好奇心から、今では当たり前のようになっている肉体関係をも結ぶようになったきっかけは何だったか。雑踏を見つめながら、遼二はその頃のことを思い起こしていた。  紫月と”友”という間柄を越えて深い仲になったきっかけ――そうだ、確かあれは四天学園に入学して間もなくの、高校一年生の初夏だ。やはりゴールデンウィークの前か後か、学園行事のバス旅行で行った一泊二日のキャンプ場でのことだった。 ◇    ◇    ◇  二年前――  人里離れたそのキャンプ場は多くの学生で賑わっていた。 「おい、他の連中はどこ行ったんだ?」  屋外にある広々としたガーデンでの夕食後、食器洗い当番を終えて、皆よりも遅れてロッジの部屋に帰った遼二と紫月は、クラスメイトたちが半数くらい居ないことに首を傾げた。本来、六名づつくらいで数班に振り分けられたコテージ式のロッジ内に、ほぼ人が見当たらない。自分たちが宿泊する部屋にも、たった一人しか残っていないことを不思議に思ってのことだった。 「お前、一人か?」 「ん、俺は留守番!」 「他の奴らは?」 「今、隣のキャンプ場に来てる女子校の子たちをお迎えに行ってる!」  クククと笑いながら、クラスメイトは逸るようにそう言った。何でも昼間に同じパーキングエリアで出会った女子校の生徒らとキャンプ場が隣だったのを知って、意気投合したらしい。そういえば昼飯もそこそこに、どこかの高校の女子連中と写真を撮ったりして盛り上がっている仲間たちを見掛けたのを思い出した。 「それでよ、夜になったら彼女たちが俺らのロッジに遊びに来ることになったってわけ!」  意気揚々と浮かれる留守番の男に、遼二らは眉を吊り上げた。 「ンなことして、先公にバレたらどーすんだって」 「だいじょぶ、だいじょぶ! 消灯前の見張りはさっき回ってきたから。あっちも女の子六人で来るみてえだから、お前らの相手もちゃんといるし! 他の部屋の奴らは別のグループの子たちをゲットしてるから心配ねえよ」  期待していいぜと言わんばかりの彼の様子に、遼二と紫月は苦虫を噛み潰したような顔で互いを見やった。こんなことが教師にバレて小言を食らうのが面倒だというのも勿論あったが、二人にとってはそれ以上に気乗りしない理由があったからだ。  それは、ついひと月程前のことだ。中学卒業と同時に同級生の女子に告白されて付き合うことになった遼二が、陰でその彼女からあまりなことを言われているという事実を知ってしまったことにあった。  『遼二君は見た目がいいだけでお金は無いし、大したデートも期待できないけど、連れて歩くには自慢できる”保険”の男』などと友人たちの前で楽しげに笑う彼女の実態に失望して、別れたばかりだったのである。  遼二当人はむろんのことだが、そのことを知った紫月は遼二以上に腹を立てて、本気で怒った程だった。  無論のこと励ましつつも、自分以上に本気になって腹を立てている紫月を見て、遼二はどれ程救われたことか知れなかった。確かに衝撃的ではあったし、小馬鹿にされて少なからず痛手ではあったものの、そんなことはどうでもいい些細なことと、直ぐに立ち直ることができた。それもこれも、自分のことのように親身になってくれた紫月のお陰だ。  女といちゃいちゃするよりも、紫月とバカをやってツルんでいる方がよほど癒やされる。紫月さえ傍にいれば、これ以上嬉しいことも楽しいことも皆無のように思えた瞬間だった。

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