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第12話 お前のためなら

「お待たせー!」 「ささ、どうぞどうぞ入ってー!」 「わぁ、こっちの方が広~い!」 「ほんとだー。大きい部屋羨ましい-」  急に賑やかしくなった様子に、隣のキャンプ場の女子連中を迎えに行っていた仲間たちが帰って来たことを知る。遼二も紫月もひと言も発さないままで、ちらりと互いを見やる視線からは、憂鬱な心持ちが丸見えだ。そんなことは露知らずの女たちは、部屋に入るなり、全員が真っ直ぐに彼ら二人を意識した。 「えっと、お邪魔しまーす」 「こんばんは、失礼しまーす」  先程までとは声のトーンも数段上がった高めの声色に変わり、既に目的を示唆している。迎えに来た男連中よりも遼二と紫月の二人と近付きになりたいのがあからさまである。  ここへ来る途中の道すがらでは、冗談を言い合いながら盛り上がっていた雰囲気もガラリと変わって、誰しもが猫を被る。頬を赤らめる者、『やった!』とばかりに万歳したい気持ちを必死に抑えてお互いを突き合う者――彼女らを迎えに行った男連中にしてみれば、そんな様子が面白くないのは当然である。せっかく男が六人に対して女を同人数招いたにも関わらず、女たちは確実に遼二か紫月のどちらかをターゲットに絞っていることだろう。  さすがに態度にこそ出さないものの、見た目が群を抜いているこの二人が居たのでは分が悪いという彼らの心の声が透けて見えるようだった。  場がしらける――とまではいかないが、室内のテンションが少々下がり気味になったそんな時だ。急にすっくと立ち上がった紫月が、割合ズケズケとした態度でドアへと向かった。女たちを掻き分けるように目の前を通れども、『いらっしゃい』でもなければ、『こんばんは』の挨拶すらないままに、 「俺、ちょっと便所行ってくるわ」  そう言うと同時に、目配せだけで、遼二に『お前も付いて来い』と語る。遼二も素直に従い、どっこらしょ――というように座っていたソファから腰を上げた。  あまりの愛想の無さに、それまではしゃぎ気味だった女たちのテンションが、期待から戸惑いへと変化する。こうなると、他の男たちのお株は一気に上がる。まるで助け船を待つような彼女らの眼差しに気を良くしたのだろう、 「何だよ、お前ら。連れションかよ?」  場を盛り上げるようにおどけて見せれば効果は覿面、女たちからドッと笑いを取ることができた。 「仲いいんですねー」 「早く帰って来てくださいねー」  キャッキャ、とはしゃぐ黄色い声援を背に、紫月はクルリと彼女らを振り返ると、 「あー、そりゃどうかな。多分、時間掛かると思う。なんせ”クソ”の方だからさ」  ニコっと愛想の良さそうに微笑みつつも、飄々と言い放った。  女たちはドン引きである。 「あー、そう……なんだぁ」 「あはは……はは」  ヒソヒソとお互いを見合いながら返答に困って頬を引きつらせるしかない。 「そんなわけなんで。まあ、どうぞごゆっくりしていってよ」  紫月は相も変わらず女たちに向かってにっこりと微笑むと、すぐ側にいたクラスメイトの男に、 「ついでにちょっとジョギングコースでも走って来るわ。俺ら、帰るの遅くなっけど、あと適当にやっといて!」  そう告げると、遼二を伴ってロッジを後にした。  残された男たちは、驚きつつも内心ホッとした感を隠せない。いわゆる”いい男”の代名詞のような二人が去ったことで、女たちの興味を自分たちに戻すべく、更に場を盛り上げようと奮起する意欲も湧いてこようというものだ。  対する女たちの方も、見た目の格好良さを裏切る毒舌で無愛想な紫月らよりも、自分たちを丁寧に扱ってくれる目の前の男たちの方が数段いいと思えたわけか、猫被りをやめて素に戻った。 「ごめんね、野郎が二人減っちまったけど、勘弁な!」  バンと顔前で両手を合わせる男に、 「ううん、そんなのどうでもいいよ! 皆でワイワイできればそれでいいじゃん」 「あたしら、気難しいの苦手だし」 「うんうん、楽しい人の方がいいよねー!」  女たちも盛り上がりを取り戻し、ロッジの夜は楽しく更けていったのだった。 ◇    ◇    ◇  一方の遼二と紫月は、街灯もまばらなキャンプ場周辺の森林まで足を伸ばし、ブラブラとあてもなく並んで歩いていた。 「悪りィ。俺んせいで、お前を悪モンにしちまったな」 「ンなこと気にすんな。俺だってあの場に残って女の機嫌取りなんてのはご免だし」  そうは言うものの、遼二にはよく分かっていた。紫月がわざと毒舌を放ってまであの場から連れ出してくれたのは、つい先頃に付き合っていた彼女と別れて痛手を負った自身のことを気遣ってくれたからだ。  さっきだって案の定といわんばかりに、女たちは部屋に来るなり自分たちに好意を示したふうであるのは明らかだった。外見だけで興味を持たれるのは慣れっこだが、その後のパターンも手に取るように想像が付く――というのも実のところなのだ。  大概は『愛想が悪い』とか、『気遣いが足りない』から始まって、慣れてくる頃には『ちょっと顔がいいからって気位高過ぎ!』とか、『気難しい嫌な性格』という方向に流れて、仕舞いには『クズ男』扱いだ。  別に気取っているつもりもなければツンケンしているわけでもないのだが、男連中といる時と何ら変わらずの態度で過ごしているだけでそう言われてしまうことが多いのだ。  他の連中のように、進んで女たちの機嫌を取ることをしないからなのだろうが、だからといって詰られる筋合いもなかろうにと思うのもまた本音だった。

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