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第59話 動き出した運命

 紫月が持っている”黒い指輪”。赤ではなく黒だなどと言えば、紫月のことを暴露するようなものだ。まあ、暴露もなにも、もしも紫月の捜しているという”指輪の男”が目の前のこの彼で当たりならば、やっと辿り着いたと喜ぶべきなのだろうが、遼二にとっては複雑な気持ちに変わりはない。捜していたのにいざ見つかったら会わせたくはないという思いも皆無とは言えずに、遼二は戸惑いを隠せなかった。だが、根が正直だからなのか、つい口を滑らせて黒い指輪について触れてしまったわけだ。  すると男の方は驚いたようにして遼二を見つめ、驚愕ともいえることを言ってのけた。 「……もしかして……紫月……?」 「――えッ!?」 「……紫月……なのか、キミ……?」  帝斗という男はこれ以上ないというくらいに大きく瞳を見開いていて、如何に彼が驚いているかというのがありありと分かるようだった。その瞳を徐々に細めながら、まるで感極まったようにして彼は続けた。 「紫月……なんだね? まさかこんな所で会えるなんて……僕のことを……指輪のことを覚えていてくれたんだね?」  自らの白い指輪をなぞりながら、頬を染めて今にも感激で泣き出しそうな声でそう言った。 「キミのこと、忘れたことはなかったよ。いつか会えたらいいなって思ってもいた……。でもそんなこと、無理だろうなって諦めてた」 「…………あんた、それって……」 「覚えているのは”紫月”という名前だけ。名字も、何処に住んでるのかも分からなくて……。あの頃、僕らはまだほんの子供だったから……何も訊けなかった。大きくなってからとても後悔していたんだ」 「や、あの……えっと……そう……なんだ」 「でも嬉しいよ。こんな偶然があるなんて……! しかもキミは僕の渡した指輪を覚えていてくれたんだろ? それに今さっきは窮地にあった僕を救い出してくれて……そんなところも昔とちっとも変わらなくて……キミは強くて……あの頃も今も――」  帝斗はまさに涙にくぐもるような声で肩を震わせながらそう言った。若干取り留めもないふうなのは、彼がそれだけ感激に打ち震えているからだろうか。そんな仕草の全てが遼二にとっては驚愕といえるものだった。  だが、ここでこうしていても仕方がない――。自分が動かなくても、いつかは紫月と指輪の男が出会う日が来るかも知れないわけだし、その為に今まで彼を捜し歩いていたわけなのだから、ここはもう腹を括るしかない。それに、この帝斗という男は倫周のことも捜しているようだし、この会遇は運命と思うしかない。遼二は覚悟を決めたように大きく深呼吸をした。 「あの――さ。あんた、時間ある?」 「え……?」 「良かったら――今から俺ン家に来てくんねえ?」 「え……!? いいの……かい?」 「――ああ。ちょっと……その、話してえことも……あるし」  そう誘うと、帝斗は嬉しそうに快諾した。 「僕は構わないよ。キミとこうして会えただけで奇跡のようなものだものね」 「ん――。そんじゃ、行こうか。歩くとちょっと距離あるから、車の方がいいな」  遼二はタクシーを拾うと、帝斗を伴って自宅へと向かった。  今頃、紫月の家ではもう倫周たちが市役所から戻っているだろうか。紫月当人はこちらが行くのを首を長くして待っているかも知れない。  だが遼二は直接一之宮道場へと向かわずに、一先ず自らの家に帝斗を案内することにしたのだった。というのも、もしもいきなり連れて行って、倫周と鉢合わせていいものかという迷いがあったからだ。無論のこと、紫月とこの指輪の男――帝斗――を会わせることに不安がないわけじゃなかったが、とにかくは紫月と倫周に事情を打ち明けてからにした方がいい。遼二は帝斗を二階の自室に案内すると、いきなりガバッと頭を下げてみせた。 「ごめん! 俺、その――あんたに謝らなきゃ……。俺さ、あんたの言う”紫月”じゃねんだ」 「――え!?」 「紫月は俺のダチで、すぐ近所に住んでる。ヤツがガキの頃にもらったっていう黒い指輪も見せてもらったことがあって……そん時の話も少し聞いてたから……さ」 「じゃ、じゃあ……キミは……」 「鐘崎遼二っていう。俺の名前だ……」 「鐘崎……君?」 「と、とにかく今から紫月を呼んで来っから! 少しの間、ここで待っててくれる?」 「え……、あの……」 「すぐだから! 待っててくれ!」  遼二はそう言うと、帝斗を置いて一之宮道場へと急いだ。

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