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第14話 初めての夜

「……ッ、おま……いきなし……」  ほんの僅かに唇と唇が重なって、すぐに離された。 「こーゆー感じよ」 「はぁ!? ……何が……?」 「俺がしてたチューの種類……っての?」  一種の照れ隠しなのか、半ばおどけるようにしてそう言う紫月は楽しげだ。 ――触れ合うだけの軽いキス。  そう、キスとも呼べないような幼い触れ合いを、紫月がどこかの女としていた――その時の様子が脳裏に浮かべば、尖った何かで心臓を突かれたかのようにチクりとした痛みが走る。と同時に、遼二は何とも説明のつかない奇妙な気持ちに駆られていくのを感じていた。 ――目の前には紫月の顔。  鼻梁の整った鼻筋、男のものにしてはきめ細やかな肌、柔らかい癖毛の髪、くっきりとした大きな瞳。番格だなどと持て囃されて、普段は目力で漲っているその瞳が、今は何の警戒心も感じさせずにトロンと穏やかだ。そして今、触れただけの唇はしっとりとしていて、思わず指で拭って触れたくなるような衝動を起こさせる。 「お前……ンなキスしかしたことねえ……の?」 「ああ。まあ……けど、キスなんてこんなもんだろ?」 「んな、子供みてえなチュー……キスって言わねえだろ」 「なッ……! 悪……」  『悪かったな』という言葉を取り上げるように、遼二は紫月の肩をガッと鷲掴むと、今度は自ら唇を塞いだ。  顎を持ち上げ、顔を交差させ、舌先で唇を開いて、ねじ込むように口づける。 「……いッ、遼……ッ」  少々焦って逃げ腰になる身体を捕まえて、腕の中にしっかりと包み込んで、激しく口づけた。  歯列を割って口中の全てを撫で回すように掻き乱し、奪うように口づけた。息もできない程に強く激しく口づけた。 「……ぷ……はっ、遼…………!」  ようやくと解放してもらえたとでもいうように、空気を一気に吸い込まんと、紫月は浅い呼吸を何度も繰り返し――その頬は暗闇の中でもはっきりと分かるほどに紅潮していた。 「顔……すっげ赤えのな」 「……ッ、うっせ……バカ……」  紫月が声を上ずらせながら、照れ隠しの為かソッポを向いている。唇を拭うようにジャージの袖口で擦っては、視線を泳がせてしどろもどろだ。そんな仕草が例えようもない衝動を生んで、遼二はその身体ごと抱き締めるように腕の中へと引き寄せた。 「どうだった? 初めてのベロちゅーの感想は」 「……は……じめてとか言うな……ッ」 「だって、初めてだろ?」 「うっせーよ……ッ、つか、てめえ一人で余裕ブッこいてんじゃねえっつの! すっげ腹立つ……」 「余裕なんてねえさ――」  吐息交じりの低い声が、やわらかな耳元ギリギリを撫でていく。 「何つか……ベロちゅーくれえで、ここまで勃ったりしねんだけどな」 「……は?」 「触る? 俺の――すっげガチガチ。やべえくらい……キてる」 「……え!? ……て、おい遼……ッ」  突如、腰元が抱き寄せられ、擦り付けるように重ね合わされた身体の中心。そこに硬くそそり立った遼二の熱い”雄”を感じて、紫月は極端な程に頬を染めた。 「……バッ、ちょっ……遼っ!」 「騒ぐなって! つか、お前だって勃ってんじゃん」 「……ンなわけあるか! それよか、お前……どこでこんなキス覚えてきやがった……ん……だって」 「何処で? さあな。誰に教わったってわけでもねえし、本能じゃね?」 「本能って……お前……」  何故だろう、この濃いくちづけを遼二が”誰かに教えられたわけではない”と聞いて、心のどこかで安堵する自分がいる。こんなことを思う自体、どうかしてしまったのではないかと思えて、紫月はおそろしくとっ散らかっていく己の気持ちに動揺を隠せなかった。  そこへ輪を掛けるように遼二が放った言葉は、より一層気持ちを掻き乱すようなものだった。 「何か良くね? こういうの」 「……こーゆーのって、何……」 「お前に”初ベロちゅー”教えたのが俺ってさ、すっげ優越感ってか……」 「バッ……! 誰が誰に何を……教えたってんだよ……」 「なあ、この際、”初マスベ”とかもしてみる?」 ――――!?  言われたことの意味を考える暇もなく、既にジャージごと下着をズリ下ろされて、紫月は飛び上がるほど驚いた。 「何……してんだ、てめ……!」 「ん、だからマスベ――つか、二人でやってんだからマスベとは言わねえか。抜き合い――が正しい?」  そう言う遼二自身の下着も既に太腿の位置まで下ろされていて、気付けば互いの熱を帯びた雄同士がぴったりと重ね合わされていることに絶句した。  まさかここまでは想像もしていなかった急展開に驚く暇もない。ふざけてんじゃねえ――と文句を言おうにも、背筋がゾワゾワとして膝が笑い出しそうな感覚に抗えない。  目の前には逸った遼二の視線が、じっと――射るようだ。そんな表情を目にしただけで、背筋を這い上がる奇妙な何かが倍増するかのようだった。  欲情の感覚に他ならなかった。 「りょ……じ……てめ、こんなん……」 「ごめ……。俺もここまでするつもりじゃなかったけど、我慢できそうもねえ……」  余裕のないような声で囁かれ、それと同時に雄同士を抱き合わせに握られて、ビクリと腰が跳ねた。 「……っんあ!」 「バッカ、いい声出してんじゃねえって……! マジやべえ、こんなんじゃ物足りねえっつーか……このまんまだと、俺……」

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