16 / 65

第16話 会いたい――

 真っ暗闇の上、遼二は自分の後ろ側だ。こちらの表情は見えないだろうと思いつつも、万が一気付かれたら格好悪い。あんなことがあったばかりなのに既に平然としている彼に反して、自分はいつまで引きずっているというわけか。余裕の無さを悟られたくなくて、紫月は懸命に寝たふりを決め込んだ。  が、しかし――後ろの遼二から飛び出した言葉は、それこそ脳天気なあっけらかんとしたものだった。 「なあ、こうやってくっ付いてるとさ、またやべえ気分になっちまうな」 ――! 「紫月? ンだよ、もう寝ちまったのか?」  ユサユサと肩を揺すられ顔を覗き込まれて、紫月は咄嗟に頬の熱を隠さんと、ますます身体を丸めた。 「紫月? おい」 「……んだよー、せっかく落ち掛かったってのに……」  わざとダルそうにそう返せば、 「悪りィ、悪りィ。や、何つーか……さっきあんなことしちまったばっかりだから、なかなか寝付けなくてよ。お前はすげえな」  声の調子だけ聞いていても照れた感が分かるかのような調子で、『余裕あるなあ』と言わんばかりだ。紫月からしてみれば、スラッとこんなことが言えてしまう遼二の方がよほど余裕があるのだと思えて仕方なかった。と同時に格好付けてばかりの自分が情けなくも思えてくる。何を気取っているのだと自己突っ込みをしたくなる程だ。 (負けた――)  観念したというように、紫月は自嘲した。 「悪り……! 実は俺もぜんっぜん眠れそうもねえの」 「あ? つか、今落ち掛かってたって……」 「ありゃ、嘘だ……。何つーか、俺ばっかしドキってるみてえでカッコ悪りィとか思ってただけ」 「何だよ、バカだなお前。まあ、そんな素っ気ねえとこがお前らしいっちゃ、お前らしいけどよ」  クスクスと笑いながら髪を撫でてくる。合間にチュっと髪にキスを落とされて、紫月は自らを抱き包んでいる遼二の手を取り、重ね合わせた。 「遼二、悪かったな……。その、こんなことに付き合わせちまってさ」 「何だよ、急に。別に悪かねえし。それよりさ、初ベロちゅーに初抜き合いときたら、次はやっぱ初セックス……? あー、その前に初フェラか」  照れ笑いながらも楽しげに言う遼二に、再び頬が熱を持つ。グリグリと顎先を鎖骨あたりに押し付けながらこちらの返事を待っているふうな彼に、 「お前、エロい……つか、チャレンジャー過ぎ!」  平静を装ってそう突っ返した。 「まあな。でもよ、マジでチャレンジャーしてみねえ? さすがに今ここでってのはヤベえだろうけどな……帰ったらちょっと洒落たラブホでも行ってさ」 「ああ、ああ、分かった! この際、ラブホでも何でも行ってやっから……もう寝ろって」  無理にぶっきらぼうを装ってそう返したが、内心はバクバクだ。幸いなことに遼二は次回の思案に一生懸命な様子で、全く気付いていないらしい。まるで子供のように、ただただ素直にはしゃぐ様子にも頬が染まりそうだった。 「ラブホ案、ほんとにいいのか? マジで?」 「ああ、マジだ、マジ!」 「やった! 何かすっげえ楽しみができた気分」  そして再び、柔らかな癖毛にキスが落とされる―― 「紫月、おやすみなぁ」  思えばそれが全ての始まりだった。以来、深くは考えずに本能のままに溺れた肉体関係も、毎日のように交わし始めたメールや電話も、あのキャンプの夜を境に全てが色濃い関係になっていったのだ。  懐かしさに胸が痛むような気がするのは、この気持ちが”友情”を越えた何かだからなのだろうか。山のように溜まった、たわいもないメールの数々も、くだらない戯言だらけの電話での会話も、何もかもを誰にも邪魔をされたくなくて、離したくなくて――二人だけの秘め事のようなこの宝物たちを誰にも譲りたくない。何とも堪らないような、胸が鷲掴みにされるような気持ちが苦しかった。  今頃ヤツは何処でどうしているのだろう。何を考え、何を思っているのだろう。  知りたい。  会いたい。  会って顔が見たい。  胸を締め付けてやまないこの気持ちが何なのか分からずに、深くため息だけがこぼれ落ちた。 ◇    ◇    ◇ 「――じ! 遼二! おい!」  ツンツンと肩を突かれ、ハッと我に返ると、一気に街の雑踏が蘇ってくる。側では剛と京が顔を並べて覗き込むようにこちらを見つめていた。 「どうしたよ、ぼーっとしちまって!」 「あ、いや……何でもねえ。悪りィな」 「そろそろどっかで茶でもしねえ? つかさ、例の”指輪の男”捜しもいいけどよ、連休も終盤だし、お前明日ちょっと付き合わねえ?」 「明日?」 「ああ。いつも行く喫茶店のマスターが俺の大好きなインディーズバンドのチケ取ってくれたんだ。四、五枚融通が利くからって。横浜なんだけど」  胸ポケットからチケットを取り出して、剛がニィっと嬉しそうに笑う。考えてみれば、剛と京にも付き合ってもらって漠然と指輪の男を捜すだけの休日なんていうのも、酷く申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 「紫月の奴も誘ったんだけど、何でも明日は親父さんの道場で小学生の地区対抗試合があるとかで、その手伝いするんだと」  じゃあヤツは来ないのか―― 「残念だけどな。お前はどう? 何か用あんのか?」 「いや、特にねえし。いいぜ、付き合うわ」 「おう! んじゃ、決まりな!」  まさかその横浜の地で、予想もしていなかった急展開ともいうべく貴重な情報を得ることになろうとは、この時の遼二らには知る由もなかった。

ともだちにシェアしよう!