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第20話 互いが気になる二人

 時を少しさかのぼった連休の終盤、四天学園の鐘崎遼二は、親友の清水剛と橘京に誘われて横浜に来ていた。  剛と京は中学生の時分からギターに興味を持っていて、学園祭の時などにはバンドを組んで演奏を披露する程の腕前だ。そんな彼らの憧れるインディーズバンドのライブチケットが手に入ったということで、遼二も誘われて出向いて来たのだ。  ライブ会場は繁華街にあったが、ここから少し山の手に登れば高級住宅街区だ。近辺には、あの粟津帝斗らの通う白帝学園もある街区だった。  普段はあまり来ることもないが、せっかくの機会だ。ライブ終了後は混雑した街の雑踏を離れて、少しゆったりとティータイムを楽しむべく、遼二、剛、京の三人は山の手のカフェレストランへと足を伸ばしていた。 「へえー、すっげ洒落た店じゃん!」 「まあ、俺らの雰囲気じゃねえ気もすっけどな」 「けど、女の子は喜びそうだよな。デートの下見ってことで、たまにはこういうのもいいんじゃねえの?」 「おめえにデートする相手なんかいんのかよ?」  ライブの興奮冷めやらぬことも手伝ってか、剛と京が賑やかしく互いを突き合っている。そんな彼らの飾り気のないやり取りに癒やされるといった感じで、遼二はホッとした表情を浮かべていた。  今頃、紫月はどうしているだろう。連休に入る前に取っ組み合いをして以来、彼とは連絡を取っていない。何をしていてもつい気に掛かってしまうのは致し方ないことだろうか、とにかくこんなにも長い間、メールも電話もしないでいるのは初めてのことなのだ。  そんな心の内が表れていたのか、若干元気のなさそうにしている遼二を気遣って、剛と京が顔を覗き込んだ。 「やっぱ……紫月のヤツも来れれば良かったのにな」 「特にこの店のケーキセットなんて、紫月が見たらぜってー喜びそうじゃん!」  紫月は硬派そうな見てくれに反して甘い物が大好物なのだ。珈琲に砂糖を四つも入れるという程の甘党で、パフェやらケーキやらといった一見女性が好みそうなスイーツ類にも目がない。街中のスタンディングスイーツショップや地元のファミレスなどでも堂々とそれらを食す彼を、ギャップ萌えだなどと言って他校の女子連中が噂している場面にも遭遇したことがあるくらいだった。  そんなことを思い浮かべれば、ますます彼に会いたくてたまらなくなる。今、どうしているのか、何をやっているのか気になって仕方なくなる。少々気重なため息交じりで、遼二は手元の携帯を見やった。と、一件の未読メールが視界に飛び込んできて、思わず瞳を見開いた。  *  どうしてる?  *  差出人はもちろん紫月だ。たった一行、主語も何もない短いそのひと言が心臓を貫くようだった。  そういえば、ライブ会場に入る前に携帯の電源を切っていたのを思い出した。着信時刻を見れば、今から三時間近くも前だ。  余程嬉しそうな表情をしていたというわけか、画面を見つめる遼二の姿に、剛と京もつられたように微笑んだ。 「何、もしか紫月からか?」 「あいつ、何だって?」  交互にそう訊いてくる。連休前から、例の”指輪の男”がどうのと言って様子がおかしかった彼のことが、剛らも気に掛かっているのだろう。遼二はすかさず席を立つと、 「悪りィ! ちょっと電話してくるわ」  そう言って急いたように外へと飛び出していった。  一方の紫月は、いくら待っても遼二に宛てたメールの返事が来ないことに憂いの深いため息を漏らしていた。 「やっぱ返事なんか来るわけねっか……。あんなドンパチやらかしちまったことだしな……」  思えば、遼二とあんな体当たりの喧嘩になること自体が珍しかった。ずっと以前に取っ組み合いにまでなったのはいつのことだったろうか、記憶をさかのぼっても殆ど思い付かない。あったとすれば、ほんの幼少の頃だったかも知れない。  常に明るくて、誰に対しても当たりのいい――恋愛云々を抜きにしても老若男女の誰からも好かれる、遼二はそんな男だった。 「はぁ……、何であんなことになっちまったかな」  事のきっかけは自身が指輪の男に興味を惹かれたのが原因だということは分かっている。だが、遼二の言うように、その男に一目惚れしたなどというのは甚だ違う。紫月にはその男を捜し出して、もう一度会いたい理由があったのだった。 「あいつ……何を勘違いしてやがるんだか……。俺が他所の野郎に惚れてきたみてえなこと抜かしてやがったが、とんだ見当違いもいいところだぜ」  手元の携帯画面を開けたり閉じたりを繰り返せども、一向に新着の届く気配もない。 「やっぱ本当のことを全部言っちまった方がいいのか――」  別段、隠す理由もないといえばそうだが、あまり言いたくないのも実のところだった。  *  話したいことがある 連絡くれるとありがたい  *  メール画面を開き、そう打ってはみたものの、いざ送信する段になるとためらいが過ぎる。  今更言い訳めいたことを打ち明けたところで、どうなるというものでもないような気がする。 「何やってんだか――」  結局、送信せずにメールを破棄して画面を閉じてしまった。その時、ふと触れてしまったボタンが別の画面を開いた。

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