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第23話 指輪の男の手掛かり
「ところであいつ……アイリス組の柊倫周ってヤツ! この連休は会長に付いてバリ島に行ったそうだぜ」
「ええ、本当に!? 信じられない! どこまで図々しいんだろ!」
「会長は毎年ゴールデンウィークとか夏休みなんかは海外で過ごされるって聞いたけど、まさかそこまで付いて行くなんてさ……」
「でもそれって会長が誘ったんじゃないの? いくら何でも自分から一緒に連れてってくださいなんて言わないだろう?」
「さあ、どうかな。何せ目的の為ならカラダを使うのも惜しまないっていう色キチ野郎だからね。バリで会長を独り占めして、散々サービスしまくったんじゃないの?」
「うっそ! じゃあもう”ヤっちゃった”ってこと?」
「そんなのとっくの話だろ? あいつが生徒会に入れたのだって、入学早々、会長に陰で上手く取り入ったに違いないって」
「ええー、でもそれなら会長もそんな手管に乗っちゃう人ってことになるじゃない!」
「お前、今更何言ってるんだよ。うちの会長はその、ゲ……ゲイだって……随分前から噂されてるのを知らないのか?」
「ええ!? それってマジな話だったの?」
このカフェの席はそれぞれがボックス仕様になっていて、割合背の高いパーテーションで区切られている為、互いの顔は見えないようになっている。しかも遼二らの座っている場所は、今後ろにいる彼らのスペースと二つだけが隔離されたような部屋の隅に位置しているので、他の客たちには話の内容までは届かないだろう。だからなのか、あまり人目を気にすることのなく、きわどいおしゃべりが続けられているようだ。
元々こちらの方が先に座っていたわけだし、隠れる必要もないといえばそうなのだが、何となく息を潜め気味にしなければならない気がして、三人は互いに百八十センチ以上ある長身を屈めるように、おとなしくせざるを得ないでいた。当然のことながら、交わす言葉も小声となる。
「何か……すげえ会話だな」
「つか、何で俺らが小っさくなんなきゃいけねんだって……なぁ?」
「確かに――」
既に氷の溶けきってしまったお冷やをすすりながら、苦笑するしかない。どうにも席を立ちづらくて、もうしばらくは我慢するしかなさそうだった。
そんな事情は知る由もなし、後ろの席ではますます話の内容がエスカレートしていく。
「うちの会長ってめちゃくちゃカッコいいくせに、そういえば彼女がいるって話を聞いたことがないよね」
「そりゃ仕方ないだろう? なんせうちの学園は男子校なんだからさ、彼女連れて歩くわけがないじゃない」
「バレンタインの時なんか、会長宛てにチョコレートが山のように届くって聞いたよ!」
「ああそれ、有名な話だよな。あとさ、僕の知ってる上級生から聞いた話なんだけど、同じクラスの人が会長にラブレターを出したことがあるみたいよ」
「ええー! でもだからって会長がゲイだとは限らないだろう?」
「うーん、微妙だよね。実際、会長に憧れてる下級生は多いし、堂々と言わないだけで内心では付き合いたいって思ってるヤツも多そう」
「まあね。会長となら恋人になってもいいかなーって、僕も思っちゃったりして!」
「ええ!? もしかしてお前もゲイなわけ!?」
「そ、そうじゃないけど……! でも、あの会長相手ならそーゆーのも有りかなって、一種の例え話だってば!」
さすがに他にも客がいるんだぞということを知らしめてやった方がいいような内容である。後ろの席に見知らぬ客――つまり遼二らだが――がいることを知らないわけでもないだろうにと、ますます眉根を寄せたくなるような気分でいた。
「なぁ、ちょっと咳払いでもしてやった方がいんじゃね?」
「バカ、やめとけって! それじゃ盗み聞きしてるみてえじゃんよ」
「つか、盗み聞きしなくても勝手に聞こえて来るんスけど……ってなぁ」
何でこちらが縮こまって気を遣わなければならないのか、呆れを通り越して、やはりそろそろ席を立とうかと思ったその時だった。
「でもさ、あの柊ってヤツ、顔だけは確かに綺麗だよね。もしも会長が本当にゲイなら、何であいつを側付きに任命したのかが分かるような気もする」
「そう? 女みたいにナヨナヨしてて気持ち悪いじゃん」
「それにさ、知ってる? あいつって学校に派手なアクセサリーとか平気でして来るんだぜ?」
「ああ、僕も見た! こーんなでっかい指輪だろ? しかも真っ赤っ赤!」
「あれ、きっと珊瑚だよね。割合モノは良さそうってのがムカ付く!」
「そんなことより! あんな目立つのして来て、先生も何も言わないんだろうか? 明らかに校則違反じゃない?」
その言葉に、遼二らはギョッとしたように互いの顔を見合わせた。
真っ赤な指輪の男――それはもしや紫月の捜しているという例の”指輪の男”とも合致するような内容だ。三人はそのまま彼らの会話に釘付けにさせられてしまった。
「先生だって会長には気を遣ってるもの! 何たって会長は白帝学園創設者の曾孫様なんだから、誰も逆らえないよ。如何に先生でも理事会に目を付けられたくはないだろうし、野放し状態さ」
「柊ってヤツも会長の側付きだからって、何でも許されてるんじゃないの? アクセがいけないとは言わないけど、派手な石付きの指輪とかマジで有り得ないよね。高価なのを自慢したいんだろうか?」
「それにあいつ、化粧もしてるんじゃない? こないだすれ違った時、女物の香水みたいな匂いしたし」
「ええ!? 女物のー? やっぱ会長を色気で釣ろうってつもりなんだろか!」
「ああー、頭にくるなぁ! 連休明けたら一回シメてやった方がいいんじゃない? 調子に乗るなってさ」
「冗談! そんなことが会長にバレたら大変だよ!」
「そこは上手くやるのさ。どう? お前ら、付き合わない? 柊倫周を皆でシメんの!」
ちょうどその時、彼らの注文したティーセットが運ばれてきて、話は一気に菓子へと移っていった。
「わぁ! 美味しそう!」
「ただいまシェフがテーブルにご挨拶に参りますのでお待ちください」
ウェイトレスがそう言って丁寧に頭を下げると、程なくしてシェフらしき中年の男性がトレイいっぱいに盛った華やかな菓子類を手にして現れた。どうやらオーダーしたもの以外にも、サービスのお茶やら菓子類が振る舞われているようだ。
「うわぁ、いいんですか? こんなにしていただいて」
「いつも坊ちゃま方にご贔屓いただいているほんのお礼の気持ちです。こちらは試作なのですが、よろしければ召し上がってみてください」
「ありがとう! パパにもよく伝えておくよ」
「恐縮です」
急に花が咲いたように賑やかしくなったのを機に、遼二らは店を後にしたのだった。
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