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第24話 数日ぶりの再会
「しっかしビビったよなぁ、さっきの奴ら。あれ、マジで白帝の学生だろ?」
「いかにも金持ちのボンボンって感じだったけど、話してる内容はエグかったわな」
「それよりもほら! 赤い指輪がどうのって言ってたろうが!」
「ああ、そうそう! あれってもしか、紫月の捜してる指輪の男のことなんじゃね?」
立て板に水のような調子で剛と京が同時に顔を覗き込んでくる。遼二は紫月への土産に選んできたケーキの箱を大事そうに抱えながらも、複雑な表情で頷いた。
「あいつらの言ってたのが紫月の捜してるヤツとは限んねえけど……一応確かめてみてもいいかもな」
目立つ程の赤い指輪をしている男なんていうのは、そう滅多にいないだろうから、当たってみる価値はありそうだ。しかも彼らの話によれば、その男も高校生らしいし、歳の頃も合っている。
「白帝の学生なら、校門近くで待ち伏せしてりゃ会えんじゃねえの?」
「連休明けたら来てみっか?」
剛も京もさすがに興味津々である。
「早速、紫月に報告できるな!」
「その前に俺らだけで確かめてみてからでもいんじゃね?」
「ああ……そうだな。もしも人違いだったらいけねえしな」
遼二らは、はっきりとするまではまだこのことを紫月には知らせずに、自分たちだけでその男の周辺を調べることにしたのだった。
遼二が紫月の家に着いたのは、空が藍色に変わる頃だった。時計を見れば午後の七時前である。本当はもっと早くに帰って来るつもりだったが、例の白帝学園の男たちの話に聞き入っている内にこんな時間になってしまったのだ。
だがまあ、耳よりな情報を得られたわけだし、致し方なかろうか。彼らの言っていた男が、果たして紫月の捜している指輪の男なのかどうかは定かでないが、どちらにせよ複雑な気分であるのは確かだった。
手元のケーキの箱に、気を取り直してベルを押す。紫月の部屋は母屋とは別棟の離れにあるから、両親と顔を合わせることもない。先日のこともあるから、特に親父さんの方には少々会いづらいという気持ちもあるわけだ。
そんな気重に反して、すぐに扉が開いた。いつもは勝手知ったる何たらの如く、自宅同様に上がり込むのが常だが、さすがに今日はそんな気分でもない。
「よう、どうした? お前がベル鳴らすなんて珍しい……」
玄関口からドアノブを片手に顔を現わした紫月の姿を一目見た瞬間に、ドキリと心臓が跳ねた。亜麻色に脱色されたやわらかな癖毛がふわふわとし、まだ五月の初めなのに薄手のタンクトップ一枚にルーズなスウェットのボトムが彼のスレンダーな体型を強調している。首筋にタオルを引っ掛けているところを見ると、風呂にでも入っていたところなのか。
「……おい、何つーカッコだよ……」
高鳴る鼓動を隠すように、わざとぶっきらぼうに呆れ口調をかますのが精一杯だった。
「悪り! 今さっきシャワー浴びたばっかでさ。とにかく入れよ」
紫月の方も遼二を招き入れながら、その声音はソワソワと逸るような感じでいて、それはやはり先日の取っ組み合いが後ろめたい気持ちの表れなのか、照れたように視線を泳がせる。
「あー、そんじゃ……お邪魔します――っと」
二人、共に交わす言葉もなんとなく遠慮がちだ。口にこそしないものの、ほんの数日会っていなかっただけなのに、互いの姿を見、声を耳にした途端に言いようのない高揚感が抑えきれないというのは、同様だったようだ。
「ほら、お待ちかねのケーキだ。一応ドライアイス入れてもらってる」
「でかッ!」
思っていたより大きなその箱を受け取って、紫月は元々大きな瞳をぱちくりとさせた。
「開けてい? つか、お前……いったい幾つ買って来たんだよ……。こんなにいっぱい……悪りィじゃん」
「いいって。何かどれもこれも美味そうに見えてさ。それに……親父さんとお袋さんにもと思ってよ」
「ああ……。ンな、気ィ遣わねえでも良かったのに」
そう言いつつも、紫月は大好物のケーキを目の前にしながら自然と頬を緩ませている。
「な、お前も食うだろ? とりあえず今食べる分確保したら、母屋に持ってってくる。後でまた俺も食うけどさ」
戸棚から皿を用意し取り分けて、紫月は残りを大事そうにしまうと箱を手に立ち上がった。
「遼、さんきゅな! ちょっと届けてくるから待ってて」
そんな紫月の後ろ姿を見送りながら、遼二は軽く深呼吸をし、見慣れた部屋に瞳を細めた。
ここで荒々しく詰り合いをしたのは、つい先日のことだ。その時に付けた痕なのか、壁には真新しくえぐられたような傷跡が目に痛い。だが、机の上の写真立てには変わらずに自分たちが肩を並べた写真が置かれているのに思わずホッと瞳が緩んだ。
外はもう真っ暗で、道場を囲む竹垣の隙間からは街の灯りがチラホラと見て取れる。行ったきり戻って来ない紫月を待ちながら、何かあったのかと思ったその時だった。
「遼! 悪りィ、ちょっとドア開けてくんねえ?」
玄関口でそう叫ばれたような気がして、慌てて向かえば、そこにはティーポットやらカップやらの乗った大きなトレイを抱えた紫月が足で扉を開けんと四苦八苦しているのに唖然とさせられた。
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