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第26話 遠い日の告白

「えっと……明日もまだ一日休みあるじゃん。だから……その……」  遼二は玄関先に腰を下ろし、靴に片方の足を突っ込んだまま、一瞬驚いたふうにして振り返った。が、すぐにその表情は切なげな笑みに変わった。 「いや、今日はやめとく。せっかくそう言ってもらって有り難えんだけどさ……」  穏やかに返されて、紫月は困惑した。 「……あのさ、もしかこないだのこと……何か気にしてる……? だったら俺、お前に……」  話しておきたいことがあるんだ――その言葉を取り上げるように遼二から飛び出したひと言が、紫月の心を鷲掴みにした。 「ごめん。すっげ嬉しいけどよ。泊まったりしたら……多分、手ぇ出さねえでいらんねえと思うから……」  だから帰る――と苦笑する遼二の腕を掴んでいた。 「手……、出しゃいいじゃん」 「……けど、お前……」  お前には一目惚れした”指輪の男”がいるんじゃないのか? そう言いたげな様子に、 「やっぱ泊まってけ。お前、すっげ誤解してる!」 「は? 誤解って何……」 「俺、お前に話さなきゃなんねえことがあって。とにかく上がれよ」  紫月は半ば強引に遼二を引き戻すと、その腕を掴んだままグイグイと部屋の中へと舞い戻った。そしてすぐさま机の引き出しから取り出した物、それを目にした瞬間に遼二は驚きに息を呑んだ。  それは大きな黒い石が象られた指輪だったからだ。 「お前……これ……!」 「俺が指輪の野郎を捜してたのはこれが理由。これな、俺がガキん頃……多分、小学校の三年くらいの時だったかな。道場の夏合宿で行ったキャンプ場で知り会ったヤツに貰ったものなんだ。そいつも俺らと同い歳くらいか、ちょっと年下かもってくらいのヤツでさ」 「まさか……じゃあ、その時のガキ……っつっても、今は俺らとタメくらいか……。そいつに偶然再会したってわけか?」 「いや、こないだはすれ違っただけだったし、正直俺はそいつの顔もはっきり覚えてねんだ。ただこれと同じ形で色違いの指輪をしてる手元だけが見えて。あんま見掛けねえ珍しい形だし、これくれたのは結構な金持ちのボンボンって感じの子供だったから、もしかしてあの時のガキかも知れねえって」  そこまで聞いて、遼二は一瞬ギクリとさせられた。つい先程、横浜白帝学園の御曹司たちのしていた会話が脳裏に浮かんだからだ。紫月に指輪を寄越したのも”金持ちのボンボン”だというのならば、先刻聞きかじった話の中に上がっていた男で当たりなのではないかと思えてくる。確か、名前は柊……何といったか――少々珍しい名だったように思う。  正直なところ、酷い不安が心を掻き毟るようだった。 「何かさ、この指輪もそいつん家で特別に作ったとかで、どこかで買えるような代物じゃねえらしくてよ。ガキん頃は分からなかったけど、これって案外高価なモンじゃね? それもあってちょっと気になってたっていうか……」 「……そもそもお前、何でそのガキにそんなの貰うことになったわけ?」  キャンプ場で意気投合したからというには、幾分首を傾げるような話だ。それに、いくら金持ちだといっても、そんな高価な代物を幼い子供が常日頃持ち歩いていたというのも気に掛かる。  何だか狐につままれたような話向きに、遼二は引き込まれるように聞き入ってしまった。  その後、紫月から聞かされた当時の話は酷く衝撃的なものだった。  そう、あれはもう十年以上も前の子供時分のことだ。父親が主催している道場の夏合宿で、避暑地のキャンプ場に出掛けた際のことだった。  同じ市内のいくつかの道場が集まっての共同合宿だった為に、参加者も結構な大人数だ。子供たちは無論のこと、付き添いのコーチや父兄らでキャンプ場はごった返す程に賑わっていた。  本来だったらこの合宿にも参加するはずだった幼馴染みの遼二も、今回は参加していない。理由は、小学校のバスケットボール部からの依頼で、秋季大会の出場メンバーに選抜されてしまったからだった。  遼二は歳も同じで学校のクラスも一緒の同級生だが、その頃の紫月よりは格段に背も高く、だからバスケットの選手にはうってつけだったらしい。普段、一等仲良くツルんでいる彼がいないこともあり、紫月は少々退屈していた。  三泊四日の夏合宿、大してハードなトレーニングメニューではないものの、日に一度行われる割合きつめのマラソンコースだけが紫月の憂鬱だった。マラソン自体が嫌いなわけではないが、大人数で揃って掛け声を出し合いながらテンポを揃えて走らなければならないのが、どうにも苦手なのだ。それでも遼二と一緒ならば、たまにじゃれ合ったりもできるし、退屈もしないのだが、今回はそうもいかない。しかも連日、清々しいほどの晴天だ。 (あーあ、遼二のヤツもいねえし、めんどくせえ……)  ふてくされながらも列の最後尾に付いて、掛け声もサボリ気味に走っていた時だった。ふと、横目に数人の子供たちの姿を見つけて、興味を引かれた。  一人は同い年か少し下くらいの小学生らしき子供と、そして彼を取り囲むようにしている中学か高校生くらいの男が三人――合宿の参加者でないことは一目で分かった。

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