28 / 65

第28話 驚愕の告白

「まだ毛も生え揃わねえガキの頃でも、それがいやらしい行為だってことは俺にも分かったよ。すっげえ嫌な気分になって……しばらく頭から離れなかったし」  言葉じりは荒げていないが、そう言う紫月は伏し目がちながらも、その瞳には当時のことを思い出してか怒りの焔が点っているように感じられた。どう相槌を返していいか分からずに、喉が嗄れるようで言葉にならない。  黙ったままの遼二に、紫月は先を続けた。 「けど、幸いだったのはそのガキが大してショックを受けてるふうでもなかったってことでよ……多分、何されてるのかよく分かってなかったのかも知んねえけど。とにかく『お兄ちゃんたちから僕を助けてくれてありがとう』って喜んでたくらいだから、それだけは良かったかなって」 「……お兄ちゃんたち――だ?」 「ああ。見たところ実の兄弟って感じでもなかったんだけどよ。もしかしたら近所の幼馴染みとかかも知んねえ。夏休みで一緒に別荘に来たんだとか」  別荘地という言葉から連想されるのは、やはり良家の御曹司――だ。どうしても頭の中で白帝学園の話と結び付けてしまう。 「なあ紫月、そいつらってその辺に住んでる奴ってわけじゃなかったのか? やっぱ東京とかから別荘に来てたってことかよ?」  思わずそう訊いてしまった。白帝学園は横浜だから、彼らが何処から来ていたのかだけでも分かれば、関連性が見えるかも知れないと思ったからだ。  だが、紫月は知らなかった。何処から来ているどころか、その子供の名前すら聞かなかったと言われて、遼二は唖然となった。 「お前、ンな高価な指輪とか貰っといて、そいつの名前も知らねえとかさ……」 「仕方ねっだろ。俺だってガキだったし、そん時は一応ショッキングなもん見ちまった直後だったんだし」  それは分からないでもないが、手掛かりが途切れてしまったのは悔やまれる。本当ならば、先程の横浜で聞きかじった話を打ち明けるべきなのだろうが、遼二にはどうしても踏み切れない感があった。不確かなことだからというよりも、それを知った紫月の興味がそちらへ動いてしまうのではと思うと、何となくモヤモヤとして、嫌で仕方なかったからだ。  何だか自身が酷く女々しくも思えて、気が滅入ってしまう。だが、遼二にとって今の憂鬱など取るに足らない――というくらい衝撃的なことを知ることになるのは、この直後だった。少々重たげな表情で紫月が打ち明けたことは、驚愕などという言葉では言い表せない程にショッキングなことだった。 「な、遼二よぉ……こんなこと、今更言うことじゃねえんだろうけど……。俺、お前に謝らなきゃいけねえと思ってることがある」  酷く深刻な様子で紫月は一度だけ視線を上げ、そしてすぐにまた反らしながらポツリと呟いた。 「覚えてるか? お前と……その、初めてヤった時のこと……」  訊かれるまでもない、勿論覚えている。 「一年の夏キャンプん時だろ?」 「ああ……。俺さ、あん時……自分勝手な理由でお前を巻き添えにしたと思ってる。今更だけど、悪かったって……」  どういう意味だろう――紫月が何を憂いているのか分からなかった。遼二にしてみれば、全く後悔しているわけでもないし、むしろあの時のことがきっかけで、より一層深い間柄になれたことを嬉しく思っているくらいだ。事実、つい先日だって指輪の男を捜す傍ら、その時のことを思い出しては切ない思いに駆られた程なのだ。 「遼二さ、お前あれから女と付き合ったこと……ある?」  突飛な問いに遼二は首を傾げた。 「あるわきゃねえべ。ンなの、お前が一番良く知ってんだろうが」  それはそうだ。何せ四六時中一緒にいるのだから、知らないはずがない。だが、紫月にとってそこはかなり重要なポイントのようだった。 「じゃあ……告られたことは……ねえ?」 「ねえな。や、そりゃちっとくれえは……あったかもだけど……」  それが何だというのだ。確かに短期のバイト先で知り合った女や他校の女生徒からそれらしいことを打ち明けられたこともなくはないが、全て断ってきたし、実際に付き合ったこともない。ますます紫月の意図が分からなくて、遼二は困惑した。 「てか、何だよいきなり。そういうてめえはどうなんだっての」 「俺はない。お前と違って、大してモテねえしな」 「お前の場合は俺より愛想がねえから、その気があっても女の方からは告りづれえだけだろ? 実際、他校の女がしょっちゅうお前目当てに四天まで見に来るくらいだし。つか、何? そんなこと張ってどうすんだって」 「告りづらいんじゃない。告られねえようにしてるからだ」 「――何、それ? わざと無愛想にしてるってこと?」 「遼、俺さぁ……女、ダメなんだ――」 「は――?」  一瞬、言われた意味が分からなくて、遼二は紫月を凝視した。いや、実際には漠然とだが理解はできたのだが、頭では分かっても心が付いていかないという感覚に近かった。 「はっきりそれに気が付いたのは中三の頃だったよ。それまでは女と付き合ったこともあるし、デートもキス……も、一応してみてた」 ――――? 「けどダメなんだ。一緒にいても全然気持ちが付いてかねえっていうか……正直、キスしても反応じねえの……」  でも――でもな、湖で例のガキを助けた時のことを思い出すと、ちゃんとその気になれるんだ。あいつが無理矢理犯られてる場面が頭に浮かぶと……ヘンな気持ちになって――  遼二にとっては心臓に銀の弾丸を撃ち込まれたといえるくらいに衝撃的なことを紫月は云った。

ともだちにシェアしよう!