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第29話 全部俺がしてやるから

「その時のことを思い出して……初めてヤったんだ、自分で――」  つまり、自慰をしたということだ。 「それからも……そん時のことを思い出す度に何度も抜いた。ガキのくせに一丁前に欲情したんだ……」  次から次へと飛び出す驚愕の告白に、硬直を解けない。 「そんなことは良くねえことだって分かってるし、実際マスかいて達った後はすげえ嫌な気分にもなった。自己嫌悪と後悔で気が重くなって、次からはぜってーこんなことしねえって。でもダメなんだ……。女じゃその気になれねえし、それがグラビアだろうが現実に付き合う彼女だろうが、どっちもダメで……けどあの時の光景を思い浮かべるとモヤモヤして……俺、どっかおかしいんじゃねえかって悩んだよ……」  遼二にとっては、どんな言葉をもってしても言い表せないくらいに衝撃的な告白だった。目の前の紫月を見つめたまま、微動だにできずにただただ呆然とするのみだ。 「だから俺……男相手ならその気になれるのかどうか確かめたくて……キャンプの時、お前にあんなこと……ごめん遼二……本当にすまない……」  がっくりとうなだれ、まるで土下座でもするかのように頭を垂れてそう謝る紫月に、未だ返答のひとつもできずにいた。硬直して動きさえ儘ならないという感じだろうか。 「お前はあの頃、ちょうど女に酷え目に遭ったばっかりで……俺はそれにつけ込んだんだ。今ならお前も好奇心で……軽いノリで付き合ってくれるかも知れねえって。てめえの我が儘でお前巻き込んだ。俺とあんなことがなきゃ、お前もまた新しい彼女ができたりして……楽しくやれたかも知れねえのに、ズルズルこんな関係続けさして……。俺、ほんとどうしょうもねえクズ野郎だ」 「もう……よせ……って!」  気付いた時にはそう吐き捨てていた。怒鳴るとまではいかないが、幾分の怒りが混じったようなそのひと言に、紫月はハッとなって顔を上げた。互いの表情には辛さとも切なさともいえない複雑な感情が見て取れる。遼二は遣りどころのない気持ちを抑えるかのように、握り締めた拳をテーブルの上に置くと、 「お前……バカか……! 俺が無理矢理お前に付き合わされてる……なんて思ってた? ンなわけねえだろうが……!」  思い切り眉をしかめながらそう言った。 「……遼」 「俺だって……仮に好きな女が出来りゃ、ちゃんと付き合ったし、お前に遠慮して諦めるなんてことしねえよ! お前とこういう関係になってんのだって、俺が好きでやってることだ。俺がそうしてえから……女と付き合うよりお前と居てえから……! エロいことだってお前とだからできるだけだ。仕方なしに……何となくズルズルお前に付き合わされてるなんて思ったことなんか一度もねえよ!」 「……遼二……」  テーブルを挟み、二人の視線が絡み合う。  もう深夜の街の静けさは、壁掛け時計が刻む秒針の音だけを浮き彫りにする――  しばしの沈黙を破ったのは遼二の方からだった。 「なぁ、訊いてい……?」  今しがたの熱い慟哭の感情に反して、今度は少々落ち着き払ったような声音の問いに、紫月はくしゃりと瞳を震わせた。 「……何?」 「お前さ……今でもマスかく時……その指輪くれたガキのこと想像しながらヤんの?」 「……し……ねえよっ……! 第一……こないだ駅前ですれ違うまではすっかり忘れてたくらいだし……この指輪だってどこにしまったか思い出せなくて、帰って来てからようやく探したんだ」 「――どこにあったんだよ」 「……っと、クロゼの……普段はあんまし使わねえマフラーとかアクセとかをまとめて入れてる引き出しン中……」 「そっか。じゃあ、今までに好きんなった男とか……いる?」 「――え?」 「お前が女に興味が持てねえ……ってのは分かった。けど、そんなら男だったら……そういう対象になるわけだろ? だから好きになったやつとかいるのかなって思って」 「いねえよ……! そんなん、いたら……お前にバレてるだろ。毎日殆ど一緒にいんだから」 「ん、そだな。なら……これ最後の質問。――俺以外の男と……ヤれるか?」  その問いに、さすがに紫月は眉根を寄せた。 「ヤれるって……何?」 「だから、例えばちょっと好みだなと思う男と出会ったとして、そいつと寝られるかってこと」 「……! ンなの、考えたことねえよ! 何でいきなり……」  そんなことを訊くんだと言わんばかりに声を張り上げ、だがすぐにうつむくと、染まった頬の熱を隠すように視線を泳がせた。 「てめえ以外の……他の男とどうこう……なんて考えたこともねえよ……。つか、今お前に訊かれて……一瞬考えてみたけど……ぜってー無理」 「俺なら……いいのか?」 「……ンなの……! 改めて訊くことねえじゃん……!」  立ち上がり、紫月の隣に腰を下ろすと遼二は言った。 「紫月、お前、もうマスかくのやめろ」 「……は?」 「そんなことする必要ねえくらい俺が……してやる。毎朝でも毎晩でも飽きるくらい……してやっから……!」  言うと同時に顎先を掴み、奪い取るように唇を合わせた。  突然のことで警戒心の追いつかない唇は半開きで、そのやわらかさを舌先で割って侵入し、歯列を撫で回し深く口付ける。腕を掴み、肩を抱き締め、どこもかしこも触れ合っていたいとばかりに、床へとなだれ込むように押し倒した。

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