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第31話 対極の四人
いい加減――云ってしまえばいいと思う。たったひと言、今この胸の中にある想いを短い言葉にして紡ぐだけでいい、簡単なことだ。
迷いあぐねていたその時だった。
「だいたいよ……お前、さっき俺にマスベすんなとか言ったけど……。俺がそーゆー時に考えんのは、お前ンことぐれえしかねんだから……」
紫月の方から先に、思わず心を鷲づかみにされるような言葉が飛び出した。未だブツブツと小声で文句らしきを呟きながら、口元を尖らせスネ気味ではあるが、そんな仕草が余計に愛しい。愛しくて堪らない。しばし欲情を忘れさせられてしまうくらい嬉しい気持ちがこみ上げて、遼二は感激で涙腺が潤みそうになった程だった。
「……俺のこと――考えながらしてくれてんの?」
「だって……それぐらいっきゃねえだろが! つかよ、そういうてめえはどうなんだっての!」
「俺? それ言ったら、お前ぜってー引くし」
「はぁ? 引くようなやべえこと考えながらしてんのかよ……」
二人、共にほんの一瞬愛撫の手を止めて互いを見つめ合う――
遼二は紫月の両手を取ると、そのまま彼の頭上まで持ち上げて一括りにした。
「こうやってさ……お前ンこと拘束して、イきてえっていうのを我慢さして焦らして……お前から『欲しい』って言わせんの。その後、お前が泣いてわめいて、もうやめてくれって言うまでめちゃくちゃに抱く――つか、犯すって感じのが近いかな……。これが俺の定番ズリネタ。な、引くだろ?」
再び腰をくねらせ、服の上から雄同士を擦り付け合いながらそう暴露した。
「バッ……! てめ、マジ変態……!」
「だよな」
遼二は薄く笑った。
「……ッ! 余裕ブッこいてんじゃねえし!」
言葉は乱暴だが、染まった頬は赤く熟れて火が点きそうな様を見下ろしながら、遼二は瞳を細めた。
「な、紫月……。俺はさ、お前を誰にも触らせたくねえの……。誰にも渡したくねえ――」
そうだ、例えば指輪の男にも、他の誰にも――だ。
そして、できればお前にも俺のことだけを見てて欲しいんだ。
「紫月、もうそろそろ限界――挿れたい……」
そう、早くひとつになりたい。身体を繋いで、そして心をも繋げたらどんなにか――!
「挿れたい――じゃなくて、”犯したい”んじゃねえの?」
「そゆこと言ってっと、マジ犯っちまうぜ?」
コツン――額と額を触れ合わせ、顔を交互左右に動かしながらついばむだけのキスを幾度となく繰り返しては、二人同時に、はにかむように微笑んだ。
「玄関……鍵掛けてある?」
「ああ、さっき……ちゃんと掛けた」
「親父さんたち、もう寝てっかな?」
「ん、二人とも朝早えから――平気」
邪魔な服を一気に脱ぎ捨て、猛った熱と熱とを思い切り淫らに絡め合わせながら、遼二は心の中でひとつの『決心』のような思いを巡らせていた。
指輪の男を捜し出し、無事に紫月に再会させられたら――その時は自分も一緒にその男の幸福を願おう。その男が子供の頃に受けた傷が癒え、今はもうそんな呪縛など何も背負っていないことを願い、紫月と一心同体となって彼の幸せを見届けたい。
そうしたら、この想いを紫月に打ち明ける――
今度こそ、きちんと言葉にして想いのたけを伝えよう。
熱く締め付けてくる紫月を腕 に抱きながら、遼二は自身に言い聞かせるように固く誓った。
そして連休が明けた後、遼二は剛、京と共に、指輪の男を捜すべく横浜白帝学園へと出向いたのだった。
◇ ◇ ◇
遼二と紫月が甘いひと時に身を委ねていた同じ頃、横浜白帝学園では遼二らとは真逆の冷ややかな時を持て余している者たちがいた。
連休気分も抜けつつある、とある日の朝のことだ。朝霧が立ち込めるような花曇りのその日、横浜にある私立白帝学園では生徒会長の粟津帝斗が人目を忍ぶように校門近くの木陰に身を潜めながら人待ち顔でいた。
「おはよう倫周。少しいいかい?」
目当ての人物が登校してきたのを見つけると、彼を呼び止めて足早にその場から連れ去った。近頃ではこの倫周を側付きにしたのを妬む輩も多いらしいので、なるべく目立たないようにとの配慮からだった。
生徒で賑わう昇降口を回避し、帝斗が向かったのは学園の『刻』を告げる大きな時計塔の内部だった。
「――お入り」
短いひと言でそう促されて、倫周はおずおずと従う。この帝斗と顔を合わせるのは、バリ島から帰って以来のことだった。
「あの……会長……」
あれからそう幾日も経ってはいないのに、数日会わなかっただけで何を話していいか分からない。しかも今日の帝斗は旅行の時とは大分に雰囲気が違って冷ややかなのだ。口数は少ないし、話し方からも冷たさが感じられる。
あの後、お礼のメールのひとつもしなかったことを怒っているのだろうか――倫周は不安で大きくなる心臓音を抑えるだけで精一杯だった。
「適当にお掛け。ここはね、昔、時計技師が使っていた部屋なの」
「あ、あの会長……この前は、その――たいへんお世話になって……ありがとうござい……」
「いいんだよ――!」
「あ、はい……」
威厳というよりもビリビリとした気迫を感じて、倫周は肩をすぼめた。
「それよりも――お前、昨日は連休が明けて初めての登校日だったというのに、僕のところに顔を出さなかったね?」
どういうつもりだと言わんばかりに、またもや冷たい視線を向けられて、ますます萎縮してしまった。
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