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第32話 衝撃の会長
「すみません……。昨日は、会長のプライベートルームに伺う途中で男の人に会って……それで……」
「その男に何か言われたの?」
「あ……、はい。今日は会長は用があるから、誰にもお会いしないと言われました。生徒会の用事なら他の日にするようにと」
いつまでも立ったままでいる倫周に椅子を勧めると、帝斗は淹れ立ての紅茶の碗を差し出しながら言った。
「その男は僕の知り合いさ。昨日、ここへも来たよ」
「会長の……お知り合いの方だったのですね」
「倫――もしも今度そいつに出くわしても、口をきいてはいけないよ」
「――?」
「昨日、お前のことを一目見て気に入ったらしいの。お前を所望すると言ってきた」
倫周は驚きに瞳を見開いた。”所望する”とはどういう意味だろう、憶測だがあまり喜ばしいことでない気がする。そんな思いを肯定するように、帝斗は苦笑した。
「あの男は両刀使いなの。女性だけじゃ物足りなくて、男をオモチャにして喜ぶような変態さ」
「……そんな」
「もちろん断っておいたから安心おし。あんな奴にお前がどうこうされるだなんて――考えただけでも虫唾が走るよ」
その言葉に一先ず安堵するも、先日のことを思い出せば、心境はかなり複雑であった。この帝斗とて、男の自分に対して無理矢理肉体関係を迫ってきたりしたわけだから、他人のことをどうこう言えた義理ではないような気もする。ということは、彼も”両刀”の趣味なのだろうか――いや、それ以前に昨日の男とこの帝斗とはいったいどういう間柄なのだろう。見たところ、男はどう見ても学生ではなかった。年上――それも十歳くらい離れているように感じられたのを思い出す。
「それとね、ついでと言ってはナンだけど、近頃学内でお前に嫌がらせをしている者がいるだろう? そちらの方にも手を回しておいたから、今後はつまらない思いをすることもないと思うよ」
そんなところまで気を配ってくれたというわけか。それ自体も驚くべきことだが、倫周にとっては、こうまで事細かに帝斗に気に掛けてもらえることが不思議でならなかった。やはり先日のバリ島で受けた告白は戯れや嘘ではなかったということなのだろうか。
「あの、会長はどうして……僕にそんなに良くしてくださるんですか……?」
その答えは先日聞いたはずなのに、ついまた同じことを口走ってしまった。
「どうしてだって? それはこの前も云ったじゃない。僕はお前のことを好いているからだって。大切なお前を守るのは当然だろう?」
帝斗の答えも先日と全く同じだが、ただ今日はやはり言葉じりが幾分冷たく感じられるのは錯覚ではない。倫周は戸惑っていた。
と、そこへ時計塔の鐘の音が授業開始五分前を告げる。その音の大きさに、思わずギョッと肩をすくめてしまった。
「ここは時計塔の内部だからね、驚いたかい?」
「あ……はい、すみません。あの、会長……」
「何だい?」
手元の紅茶の碗に口を付けながら、倫周の方へは視線を合わせないままで帝斗は訊いた。
「あの、そろそろ行かないと……。予鈴も鳴りましたし、僕はこれで失……」
失礼します――という言葉を取り上げられてしまった。
「行くって何処へ?」
「あ……もう授業が始まりますし、一限目は……」
「一限目が何?」
「あの、今日の一限目は教授が厳しくて……その、遅刻するといけないと思って……」
「そんなもの、何とでもなるさ。授業の内容なら僕が見てあげるし、教授のことも気にしなくていいよ。後で僕から手を回しておくから」
『でも――』と言い掛けて、ジロリと冷ややかな視線で射貫かれ、倫周はそれ以上反論することができなくなってしまった。
「それとも何? お前は僕とこうしているより授業の方が大事だっていうの?」
そう問う彼の顔は普段の色白を通り越して、一段と蒼白く、作られた人形のように表情がない。だてに整い過ぎた美しい顔立ちに狂気が混じっているようにも感じられ、恐ろしいくらいだった。
「訊いているんだ、倫。お前は僕とこうしているのが嫌かい?」
「い、いいえっ……! とんでもありません。嫌だなどと……決して」
「じゃあ、僕と一緒に居たいんだね?」
「……はい」
「僕のことが好きかい?」
「も、もちろんです」
「そう。じゃあもっとこっちへお寄り」
碗を置き、両手を広げて帝斗は倫周を直視した。そんな彼からは、逆らおうものなら恐ろしい仕打ちが待っているとでも言いたげな威圧的オーラが漂っていて、倫周は恐怖感に震えた。まるで金縛りに遭ったように身体が硬直して言うことをきかない。意思とは関係のなく、夢遊するようにふらふらと彼の側へと歩み寄った倫周を驚かせたのは、帝斗の奇異な行動だった。
「そこへ跪いて。さあ早く」
帝斗は自身の足下に倫周を座らせると、耳を疑うようなことを言ってのけた。
「倫、僕のことが好きだというのは本当だね?」
「……はい」
「だったらその証拠を見せなさい。お前の口で僕を愛撫するんだ」
――――!?
ベルトを解き寛げられたスラックス、今にもジッパーを下ろそうとしているその様子に、倫周は驚愕、絶句してしまった。
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