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第41話 会遇
それから三十分も経った後のことだった。
「この……ッ、大馬鹿者が――!」
天地も裂けんばかりの怒号を飛ばされながら、伯父に暴行を受ける倫周の姿があった。邸のメイドたちとて誰一人止めに入って行ける者はいない。皆、顔をしかめながらも遠巻きに窺っているだけだ。
客の男を蹴飛ばしたことで当人からも激しい怒りを買い、殴られ蹴られの暴行を受けた倫周であったが、その騒ぎを聞き付けて伯父が仲裁にやって来たものの、客が帰った後で更なる叱責という惨劇が待っていた。挙げ句は、これから客人の宅へ謝りに行くから着替えてこいと強要され、一旦は自室へと戻ったものの、もうこれ以上酷い目に遭わされるのは耐えられなかった。どうせあの客の家へと連れて行かれた後は、先程の続き以上に悲惨な扱いをされるに違いない。
倫周は急ぎ着替えだけを済ませると、取るものも取り敢えず、ほぼ着の身着のままでこっそりと窓から邸を抜け出したのだった。余裕の全くない中で選んだのは、昼間に帝斗が着せてくれた彼のシャツだ。その上に白帝学園の制服を羽織る。唯一、帝斗との繋がりを連想させる学園の制服こそが、今の倫周のたった一つの頼みの綱だったのだろうか。
客と伯父から受けた暴行のせいで身体中が熱を持ち、腫れていたが、そんなことを気にしている余裕はない。無意識に向かった先は帝斗の自宅だった。
◇ ◇ ◇
時刻は午後の九時を回っていた。
四天学園の鐘崎遼二と清水剛、橘京の三人は、紫月が捜しているという赤い指輪の男の手掛かりを追って横浜へと来ていた。
放課後になると一目散に白帝学園へと駆け付け、校門から少し離れた場所で指輪の男が下校してくるのを待っていたが、それらしき人物は一向に現れなかった。
人影もまばらになった頃、仕方がないので三人は先日指輪の男についての噂話を耳にしたカフェへと立ち寄ってみることにした。もしかしたら、また何かしらの情報が得られるかも知れないと踏んだからだ。
だが、今日は白帝の生徒らも見当たらず、この前の学生たちも来ていないようだ。
「弱ったな……。せっかくここまで来たんだし、もうちょい粘りてえところだけど」
どうする? と、剛が遼二に問い掛ける。
「そうだな。そんじゃ、もっかい白帝の方を回ってみっか。そんでダメだったら今日は諦めるしかねえな――」
三人はそれぞれのバイクに跨がると、白帝学園の校門前へと引き返した。
もうすっかり闇が降りて夜である。当然のことながら校門は閉じられていて、ひっそりとしている。クラブ活動の生徒らさえ帰ってしまったようだった。
「やっぱもうちょい早めに来なきゃ会えなくね? 明日は午後の授業バッくれて来っか」
「いいねぇ、バックレ大賛成!」
「てめえはただ授業に出たくねえだけだろーが」
「お! バレた?」
剛と京がそんな相槌を打ちつつじゃれ合っていた――その時だった。
遠目からこちらに向かって歩いてくる人影に気付き、三人はハタと会話を止めた。何となく様子がおかしいのは気のせいではない。歩き方もよろよろとした感じで、足を引きずっていて、何だか今にも倒れそうである。
「何だ、あいつ……」
「ああ。ちょっとヤバくねえ?」
具合でも悪いのだろうか――遼二らはバイクを置くと、その人物の方へと駆け寄って行った。
「なぁ、あんた。大丈夫か? どっか具合でも悪い……」
言い掛けて、遼二は驚いたように瞳を見開いた。
見たところ、自分たちと同じくらいか少し年下といった感じの若い男だ。しかも白帝学園の制服姿なので、ここの学生であることは間違いなさそうである。
「おい、どうした!? しっかりしろよ! 誰にやられたんだ!?」
街灯の下で覗き込んだ彼の顔には内出血のような青痣と、額には擦り傷、頬には幾度も張り手を食らったような腫れが見て取れる。剛と京も男を囲むように駆け寄って、今にも崩れそうな様子を三人で支えた。すると男は気配に気付いたのか、ふと三人を見上げて、
「あ……パパ」
奇妙なことを口走り、そのまま意識を失うように遼二の腕の中へと倒れ込んできた。
「おい、あんた! しっかりしろって!」
「気ィ失っちまったか? こんな大怪我して……どっかで喧嘩でもしてきたんだろうか?」
「まさか! 俺らじゃあるめえし、白帝のお坊ちゃんが喧嘩もねえだろが」
確かにパッと見た感じ、品の良さが漂う良家の子息といった雰囲気である。四天学園では日常茶飯事の、小競り合いに巻き込まれるようなタイプでもなさそうだ。
「けど、何だよ”パパ”って……。遼二のこと見てそう言ったぜ、こいつ」
「いい年こいてファザコンかなんか?」
「つか、いいトコのお坊ちゃんなんじゃねえの? 何せ白帝学園だからなぁ」
剛と京がわいのわいのと騒ぎ立てる傍らで、遼二は腕の中の男の怪我の様子を確かめていた。彼が何処の誰であるのかということも勿論気掛かりだが、それよりも何よりもこの怪我だ。周囲を見渡したところ、誰かが追い掛けて来るような気配は見当たらないので、特に追われているというわけではなさそうである。
とにかく早急に手当てをすべきだろう。三人は互いを見つめ合った。
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