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第42話 焦燥

「どーする? 警察行くか?」 「病院のが先じゃねえの?」 「病院……っつったってなあ……。こんな時間に開いてっとこあるかよ? それよか親とかに知らせなくていいワケ?」 「何か身元の分るモンねえのか?」  少々慌て気味で、三人は男を近くの塀へと寄り掛からせながら考えあぐねていた時だ。 「おいっ、遼二っ……!」  突如、剛がすっとんきょうな声を上げた。 「何、どした?」 「見ろよ……そいつの手……」 「――? 手だ?」 「ほら、その指輪! 紫月の言ってた赤い指輪って……それのことなんじゃね?」 ――――!?  遼二は驚いて男の手を取り上げた。そこには確かに目立つ程の大きな赤い指輪がはめられている――! 「マジ……!? じゃあひょっとしてコイツが……」 「朱雀――――!」  剛と京の声がハモった瞬間に、遼二は驚きとも何ともつかない奇遇に、カッと瞳を見開いた。薄暗い街灯の下でもはっきりと分かる独特の指輪の形は、紫月の家で見せられたものと違わない。では本当にこの男が自分たちの捜していた”朱雀”だというわけなのか――  紫月から聞いていた話によれば、幼い頃に指輪をよこしたという男は、複数人の年上らしき子供たちに性的な悪戯をされ掛かっていたということだ。今、腕の中で意識を失っているこの男がその時の同一人物だとは言い切れないが、指輪はそうであると物語っている。  確かに情欲をそそられそうな危うい雰囲気を持っている上に、容姿は群を抜いて綺麗な男である。”男”というよりも中性的な感じの整った顔立ちといい、華奢で線の細い体つきといい、こんな怪我さえ負っていなければ相当見目の良いだろうことは確かだ。  もしも彼が自分たちと同じような――つまりは不良的な――雰囲気の男ならば、どこかで小競り合いでもしてきたのだろうかと、そちらの方向に想像がいくが、この男の見た目からすると別の想像が浮かんでしまいそうだ。  まさかとは思うが、幼い頃の性的虐待が今でも続けられていて、この青痣や内出血はそういった方向からできたものではないだろうかと思えてしまう。  『そん時のことを思い出す度に何度も抜いた。ガキのくせに一丁前に欲情したんだ……』  『そんなことは良くねえことだって分かってるし、実際マスかいて達った後はすげえ嫌な気分にもなった。自己嫌悪と後悔で気が重くなって、次からはぜってーこんなことしねえって。でもダメなんだ……。女じゃその気になれねえし、それがグラビアだろうが現実に付き合う彼女だろうが、どっちもダメで……けどあの時の光景を思い浮かべるとモヤモヤして……俺、どっかおかしいんじゃねえかって悩んだよ……』  紫月から打ち明けられた衝撃の告白が脳裏に蘇る。  もしもこの男がその時の子供であるならば、紫月はこの男を思って自慰行為にふけったということになる。  頭が混乱しそうだった。  会ってみたいとは思っていた。例え幼少の頃のこととはいえ、一時でも紫月の心を揺らしただろうその男がどんな奴なのか、一目でいい、確かめてみたいと思っていた。  そして願わくは、健やかに成長して、今では何ら不安のない幸せな生活を送っていてくれればいいと思っていた。幼い頃の災難など、その時限りのことであって欲しいと願っていた。  だが、この男の様子から察するに、そんな願いとは真逆の想像しか浮かんでこない。未だに似たような暴行を受けているようにしか思えないのだ。  この男を連れ帰り、紫月に引き合わせたとして、何をどう説明すればいいというのだ――  彼が未だに不埒な目に遭うような境遇から抜け出せていないことを知れば、確実に動揺するだろう紫月の気持ちは目に見えて想像がつく。懐かしさやら同情心が恋慕へと変わってしまうことがないとは言い切れない。むしろそうなる方が自然といえる。  それを目の当たりにした時に、自分はいったいどんな気持ちになるのだろうと思うと、遼二はおそろしくて足が竦みそうだった。  抑えられない嫉妬、醜い苛立ちや焦れといったドロドロとした感情に苛まれて、自分は紫月とこの男の幸せを望んでやることができるだろうか。自信がない―― 「……くそッ、何だってこんな……!」  遣り処のない気持ちを振り払うように、遼二は眉をしかめ舌打ちをした。  とにかく現実から逃げていてもどうにもならない。先ずはこの男の手当てをするのが最優先だろう。思い切ったように遼二は言った。 「ここでこうしてても拉致があかねえ……。医者に診せよう」 「医者ったって、こんな時間に開いてる所っていえば、でっけえ総合病院くらいじゃね?」 「救急車呼ぶって方法もあるけどよ……」  ここは山の手の閑静な住宅街だ。幸い、通り掛かる人影もない。遼二は意を決したように立ち上がると、 「なあ、お前ら。済まねえが、下の街へ降りてホームセンターかコンビニでロープを探してきてくれねえか?」  尻のポケットから財布を取り出しながらそう言った。 「ホームセンターならこの坂を下った所に一件あったような……。確か、結構遅くまで開けてることで有名な店……。あそこならまだやってると思うけど……。つか、ロープなんて何に使うんだ?」 「こいつをおぶって俺の背中に括り付けてく。とりあえず家へ帰ろう。俺んちの隣に医者が住んでっから、そのオッサンに診てもらおうと思ってよ」

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