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第45話 愛しいからこそ

 少し強引に、自らも紫月の方に身を乗り出して腕の中へと抱き寄せる。 「おい……遼……! まさかこんなトコでおっ始めるつもりじゃねっだろな……って、おい!」  焦って身を捩る紫月を押さえ込むように、更にすっぽりと抱き包みながら、 「なんもしねえよ。ただこうしてくっ付いて寝るだけだ」 「……ったってよ、ヤツが起き出したら、いくら何でもヤべえ……っての」 「なんもヤベえことねえだろ? 寝相が悪いだけだって言えばいい」 「……おい、遼っ……」 「暴れんなって。マジでなんもしねえから――ただ寝付くまでこうしてたい。それだけだ」 「なんも……するとかしねえとか……そういう問題じゃ……」  腕の力は弱まらず、どうあっても放す気はないらしい。抱き締められた腕の隙間から、ふと垣間見えた遼二の瞳が僅か切なげに揺れているように思えて、紫月もまた眉をひそめがちに表情を緩めた。  この遼二とは、初めて指輪の男のことを打ち明けた時には、取っ組み合いの喧嘩になったくらいだ。今、その当人を見つけ出して、少なからず複雑な心境でいるのだろうことを思うと、何だか彼の心の内が分かるような気がしていた。どうせまた、いらぬ心配でもしているのかも知れない。  紫月は僅かに微笑むと、遼二の唇を目掛けて自らのを重ね、軽くキスをした。  驚いたのは遼二だ。 「おま……ッ、何……急に……」  まさかのフェイントに思考が付いていかないといったのが、丸分かりなところが何とも言えず微笑ましい。紫月は再びクスッと笑むと、 「お前がさ、また余計な心配してんじゃねえかって思ったからよ」 「は? 何だよそれ、心配なんてしてね……っつの!」 「ならいいけどよ」  未だ口元を弓形に緩めながら、紫月は言った。 「だいじょぶだって。お前が考えてるようなことにはなんねえから」 「……俺が……考えてるようなこと……って、何」  少々しどろもどろな遼二の腕の中で、紫月は悪戯そうに笑った。 「俺が指輪の野郎とどうこうなったら――とか、そういうのが心配なんだろ?」 「――――!」  さすがに絶句させられた。普段は割合クールというか、思っていることを表に出さないタイプの紫月が、まさかこんな核心を突いたようなことを堂々と口走るとは思いも寄らなかったからだ。  ああ、ここが暗闇で良かった。灯りが点いていたら、図星を指されて頬が真っ赤に紅潮しているのがバレてしまっただろう。遼二は未だ視線を泳がせつつも、照れ隠しをするように口を尖らせた。 「バカ言え……何で俺がそんな心配しなきゃなんねんだって。ンなこと、これっぽっちも考えてねえっての……」 「ふぅん? そうか?」  紫月は相も変わらず笑みながら、またひとたび軽く唇を重ねる。本当に触れ合うだけの――ともすればスネた子供をなだめるような可愛らしいキスだ。  その瞬間、遼二の中で何かが弾けて飛んだ。  むんずと髪ごと頭を引き寄せ、顔を交差させて、たった今放されたばかりの唇を押し包むように重ね合わせる。ムードを味わう間もなく、まるで獣のように、本能だけをねじ込むように舌を絡ませいきなり濃厚に唇を奪い取った。 「……ッ、ちょ……遼……っ!」  何もしない――だなんて言っておきながら、まるで嘘じゃないか! そう言いたげな紫月の視線が恨めしげに揺れている。  いや、嘘じゃない。本当に何もしないつもりだった。ただその温もりを肌で感じながら眠りにつきたかっただけだ。 「なんも……しねえつもりだったけど、お前が煽るから……」 「はぁ!? 俺がいつ煽った……って、遼ッ……!」  今一度激しく唇が重ねられ、脚でも身体を包み込むように絡め取って引き寄せられる。まるでぬいぐるみか抱き枕のように――だ。 「遼……! てめ、マジでちょい待……っ」 「いいから――ほんのちょっとだけ! マジでちょっとだけだから」  言葉ではそう言ったものの、気持ちも身体も”ちょっとだけ”で済みそうにない。遼二は本能のままにギュウギュウと紫月を腕の中へと抱き締めて、酸欠になりそうなくらい濃厚なキスを繰り返した。焦る彼のやわらかな髪が乱れる首筋を掌でユルユルと撫でながら、暗がりの中で愛しさがあふれ出す。終ぞ声に出して云ってしまいそうになった。  好きだ――――!  そう、それが紛れもない素直な気持ち。だが、容易に口に出すことができずにいる。何度身体を重ねても、どんなに激しく欲情を絡み合わせても、どうしてか云えずにいる言葉。  たったひと言伝えることが、こんなにも怖くて苦しくて――こんなにも重いものだなんて思わなかった。 「ぷ……っは! て、おい遼二! てめ、何考げーてんだ……って! マジで窒息すっかと思ったじゃねえか……」 「ああ……悪りィ……。つい、な」 「つい……って、お前なぁ」 「悪かったって。もう今度こそホントになんもしねえから……こうやってくっ付いて寝んのだけは許せよ?」  遼二は紫月を背中から包み込むように抱き直すと、湯上がりの香る髪へと軽いキスを落とした。チュッ、チュッと放しては口付け、口付けては放し――を繰り返す。  幾度かそんな行為が繰り返されていたが、『もうこれ以上は何もしない』という言葉の通り、本当に抱き締めて眠るだけのようである。  だが、ふと尻の辺りに当たっている独特の硬い感覚に気が付いて、紫月は遠慮がちに顔だけを遼二へと向けた。 「なぁ、おい、遼……」 「――何?」 「……っと、おま……それ、何だよ……」 「ああ、悪りィ。あんまし収まんねえようだったら便所で抜いてくっから」  そう言って軽く笑い、わざとその”硬さ”を押し付けるように再びギュッと抱き寄せられて――紫月の心臓がドキリと跳ねた。

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