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第47話 黒と赤、ふたつの指輪

「おい……」 「ああ――気が付いたみてえだな」  遼二は男を驚かさないようにと気遣いながら、なるたけ穏やかに声を掛けた。 「――っす! 気が付いたか? 具合はどうだ? えっと、今灯りを点けるから……ちょっと眩しくなるけど勘弁な?」  そう言って部屋の電気のスイッチを入れた。  見ると、やはり目が覚めていたのか、ベッドの上では指輪の男が緊張の面持ちで身を固くしているのが分かった。その表情には強い警戒の色が見て取れる。 「あー、えっと……いきなりで驚くかも知んねえけどさ、あんたを此処へ連れて来た経緯とか……今からちゃんと説明すっから、心配しねえで聞いてくれな?」  今一度、遼二が丁寧にそう言うと、男は安心したのか、僅かに肩の力が抜けたような気配がした。いきなり電気を点けたことで眩しそうにしていたが、しばらくすると明るさに目が慣れてきたのか、男は遼二を見て、 「……! パパ……!?」  少々逸ったように身を乗り出してそう呟いた。  確か、先程会った際にも同じことを言われなかったか――?  遼二はともかく、紫月の方はものすごく不思議そうに眉をしかめた程だった。 「あんた、そういえばさっきも俺ンこと見てそう言ったよな? ……もしかして俺って、あんたの親父さんに似てるとか?」  遼二が驚かさないようにと親しげにそう訊くと、ようやくと警戒心が解けたのか、男はおずおずとしながらも口を開いた。 「あの……すみません……少し父に……似ていたものですから。あの、僕はどうして……その……」  頼りなげな声の感じからしても心許なく、なぜ自分がここでこうしているのかが理解できないようである。 「それよりあんたさ、身体の具合はどうなんだ? どっか痛むとか辛えとか……あるか?」  とにかくも容態が一番だ。真剣な表情でそう訊いた遼二に安堵を覚えたのか、 「あ……大丈夫です。痛むとかはありません」  男は素直に答えてみせた。  どうやら隣のおやっさんの診療のお陰か、容態は大分落ち着いているようである。遼二は先刻横浜で彼と出会ってからの経緯をザッと説明して聞かせることにした。  親友の剛と京と共に横浜へ行った帰り道で、怪我を負っている彼と偶然出会ったこと。彼がその場で気を失ってしまったので、バイクで連れ帰り、隣で開業医をしている医師に診せたことなど、順を追って伝えた。  すると男は驚きつつも、助けてもらったことに恐縮したのか、丁寧に頭を下げながら詫びと感謝の言葉を口にした。 「……あの、ありがとうございました。ご迷惑をお掛けして……申し訳ありません」  遼二らが自分に危害を加えようとしているような相手ではないと悟ったのだろう、固かった表情から徐々に警戒心が解けていくのが感じられた。  とにかくも彼の側へと歩み寄り、なるべく気持ちを乱すことのないようにと、少しの距離を取ったところに遼二と紫月は二人並んで腰を下ろした。ベッド上の彼からすれば、床へと直に座る二人を見下ろす形になるのが更に安心感をもたらしたようだった。  とりあえず落ち着いたところで、彼にはいろいろと訊きたいことが山積みなわけだが、あまり急かしても良くないだろうか――遼二は先ず親しみを込めながら名乗ることにしたのだった。 「えっと、そういや自己紹介がまだだったな。俺は鐘崎遼二。川崎四天学園ってトコの三年でさ。ここは俺の家だから安心してくれていいぜ。でもって、こいつはダチの……」 「――一之宮紫月だ。俺も遼二と同じ川崎四天で、クラスも同じ……なんだけど」  紫月は先程からのやり取りの中で、この男が本当に幼少の頃に出会った子供なのかを思い出そうとしていた。  だが、やはり分からない――というよりは見覚えがあるのかないのか、それさえも迷うというのが実のところだ。  まあ、たった一度、子供の頃に出会っただけだからそれで当然か。男の方もこうして面と向かっていても心当たりがないのか、紫月を見て何かを思い出すとかいった素振りは見られないようだ。 「あの……僕は柊……、柊倫周といいます。この春から横浜白帝学園の高等部に入学したばかりの一年生です……」  白帝の生徒だということは彼の制服姿で理解できていたわけだが、消極的ながらもぺこりと頭を下げながらそう自己紹介をした彼に、遼二と紫月の二人も安堵の心持ちでいた。  先程、隣のおやっさんから聞き及んだ”虐待”を受けているかも知れない彼が、とりあえずは身元を隠したいふうな感じでもない様子にホッとしたというところである。この際、もう少し彼の気持ちを解すべく、しばらくはたわいのない会話を試みることにした。 「倫周――か。変わった名前なんだな」  紫月が柔和な声音でそう問えば、 「あ、はい。パパ……いえ、父が付けてくれた名前……なんです」  意外にも素直に会話に応えてくる。いい兆候だ。  たわいないやり取りの中で、何でもいいから取っ掛かりを探したいふうな紫月と、そんな紫月を目の前にしても何一つ思い出す気配もないような倫周というこの男――二人の様子を見ていた遼二はチラリと隣に目をやり、紫月の肘を突いた。 「な、あれ見せてもいいんじゃねえか?」  男の容態も落ち着いているようだし、例の指輪を見せても大丈夫だろうと思ったのだ。紫月は頷くと、胸ポケットから例の黒い指輪を取り出し、 「あんたさ――これに見覚えねえか?」  男の前へと差し出して見せた。すると、 「――――え!? これッ……!?」  男は思わず仰け反るくらいに驚いた様子で瞳を見開いた。

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