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第48話 赤い指輪の男の正体

「やっぱ見覚えあるのか? じゃあ、じゃあさ……俺ンことは覚えてねえ?」  紫月が少し逸ったようにそう訊いたが、倫周という男は戸惑ったように首を傾げるだけだった。どうやら彼の方でも覚えがないらしい。 「これ、あんたが俺にくれたもんだと思うんだけど……。小学校の低学年くらいん時。湖の別荘地で俺と会ってるはずなんだ」 「え……?」  倫周という男はまた一度考え込むように首を傾げたが、やはり記憶にないようである。そして、紫月の差し出した指輪と自分のを見比べながら、申し訳なさそうにこう言った。 「すみません。僕の指輪は戴いたものなんです。なので、その指輪は僕が差し上げたものじゃないと思います。それに――」  小学生の頃に別荘地のような所に行った覚えもないと付け足した。 「僕は小さい頃に両親を亡くしていて……伯父夫婦に引き取られて育ったんです。伯父が別荘を持っているかも知りませんし、そういった所に連れて行ってもらったこともありません」  残念ながら人違いだろうと倫周は言った。  少々がっかりしたものの、ではよくよく考えれば、この”倫周に指輪をくれた人物”こそが紫月と湖で出会った少年ということになるのではないか――? 「ならさ、あんたにこの指輪をくれたのって誰なんだ?」  横から口を挟んだ遼二の問いに、倫周は素直にこう答えた。 「これは……僕の通う白帝学園の先輩から戴いたものなんです」そして、「でも不思議なご縁……っていうのかな。僕の戴いた指輪と一之宮……さん、が小学生の頃に戴いた指輪が偶然同じ形だなんて」初対面だからなのか、紫月の名前を呼ぶことに少し遠慮がちにしながらも、珍しい偶然もあるものだといったふうにそんなことを口にした。  いや、待て――確か、この指輪は百貨店やら宝石店で誰しもが買えるという代物ではなかったはずだ。紫月の話によれば、湖で出会った少年の家で特別に作ったという――いうなれば”特注品”であるから、そうそう誰もが持っている物ではないと思える。つまり偶然お揃いのデザインだということは有り得ないはずなのである。そう思った遼二は、更に突っ込んだ話題へと振るべく、 「じゃあさ、あんたにこの指輪をくれた先輩ってヤツについて、もうちょい詳しく教えて……」 ――もらえないだろうか――そう訊こうとした時だった。突如切羽詰まったような声で、倫周の方が一足先にこう叫んだ。 「あの、すみません! こんなことをお願いできる立場じゃないのは重々承知してますが……僕をしばらくここに置いてはいただけないでしょうか……」  両手を胸前で合わせ、ひどく神妙な顔付きでそう頼み込まれて、遼二と紫月は唖然としたように顔を見合わせてしまった。 「や、別に構わねえけどさ……。あんた、親とかに連絡しなくていいわけ? 家の人とか心配してんじゃねえの?」  白帝学園に通うくらいだから良家のお坊ちゃんであることは間違いない。先程聞いた話では、実の両親ではなく伯父夫婦に育てられたということだが、それでも一応建前は”息子”なのだろうから、行方不明だなどということになったら心配しないではいないだろう。  警察に捜索願いなど出されて大事にならないとも限らない。そう思って一応尋ねたのだが、倫周は真っ向から否定するように、ブンブンと首を横に振ってみせた。 「家には……連絡しないで……。もう、あの家には帰りたくないんです……。帰ったら……」  今度こそどんな目に遭わされるか分からない――! 「見ず知らずの僕がこんなお願いをして……ご迷惑なことを言ってるのは分かっています……でも、僕は……」  あまりに真剣というか切実というか、ともすればに滲み出しそうな涙を堪えながらそう語る。とにかく懸命なのだけは分かった気がして、遼二は少し突っ込んで彼の境遇を尋ねてみることにした。 「なぁ、ちょっと訊いていいか? あんたのその怪我、誰にやられたんだよ。つか、何でそんな大怪我するハメになったわけ?」  そう訊かれて、倫周は一瞬困ったようにうつむいてしまった。だが、しばらくこの家に置いてもらいたい以上、打ち明けなければならないと思うのか、言いづらそうにしながらもポツリポツリと口を割り始めた。 「これは……伯父のお客様に……その……」 「伯父さんの――客?」 「ええ……あの、はい……」  倫周はしばし口籠もっていたが、やがて意を決したように経緯を話し出した。  彼の話によれば、伯父という人の家は裕福で、両親を亡くした幼子の自分を引き取ってくれたことには確かに感謝していること。だが、育ててやった引き替えというわけではないが、いつの頃からか伯父の職業上の付き合いである客人の接待をさせられるようになったこと。そして、その”接待”という内容は少々いかがわしいものであることなどを、消え入るような声で打ち明けてよこした。  つまり、医師のおやっさんが言っていた”性的虐待”は当たっていたというわけだ。どの程度のことを強要されているのかという、デリケートな内容まではさすがに訊けなかったが、とにかく遼二も紫月もほとほと驚き、眉をしかめさせられてしまった。

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