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第49話 これからのこと
何とも腹立たしい話である。高校生とはいっても、まだ未成年の子供に酒の席の相手をさせるというのも信じ難い。
硬派――というわけではないが、筋の通らないことが嫌いな二人は、他人事とは思えないといった調子で嫌悪感をあらわにしてみせた。
「けどよ、それって犯罪じゃねえかよ。あんたも何で嫌だって言わねえんだよ」
「言ったところで聞き入れてもらえねえってことだろ? どうせ、育ててやった恩返しとか何とか言って強要してんのが目に浮かぶわ」
「酷っでえな、そいつ! 俺が文句言ってやろか!」
「つか、顔見たらネジすっ飛んじまって、手ぇ出ちまうかも!」
怒りを隠さず真顔で腹を立てている二人を目の前にしながら、当の倫周は驚いたように唖然となっていた。まさか会ったばかりの他人の事情に、こうも親身になってくれるなど思いも寄らなかったからである。
倫周は今までに味わったことのない温もりに包まれたような心地がしていた。
「あの、ありがとうございます……そんなふうに言っていただけて、何て言っていいか……こんなこと初めてで……」
感激の面持ちでうつむく倫周を更に勇気付けるように、遼二と紫月は決意の眼差しで互いを見やり、うなずき合った。
「まあ、経緯は分かったから――とりあえず当分ここにいればいいぜ」
「けど、ずっと遼ん家ってのも居づらくね? 俺んちにも来てもらっていいし。道場に客を泊める用の部屋もあるしよ。ここと俺んちと、交代で泊まればいいんじゃね?」
「ああ、そうすっか! んで、これからどうするか考えればいいし」
単純に言ってはみたものの、現実はそうそう甘くはないだろう。遼二はそれらを気に掛けながら、
「けど……学校とかには連絡入れなきゃマズくね? 家に帰りたくねえのは真っ当な理由があるから分かるけど。無断欠席続けてっと、その内、親や学校が騒ぎ出さねえとも限らねえしな」
確かに学生の身である自分たちで解決するには、実際途方もない話向きではある。家を出るというのなら、現実的には住む所を探さなければならないだろう。未成年が一人でアパートを借りるなど、そんな契約ができるのかも怪しいところだ。学園に通い続けることだって困難になるだろう。退学をして職を探すにしろ、どのみちいずれは保護者や学園に言わざるを得ない日が必ずやってくる。
前途多難だが、だからといってこの憐れな倫周をほいほい家に帰して突き放すなど、できようはずもなかった。
「まあとにかく、現実的なことは追々考えるとして……先ずはその怪我治すのが先だな」
「つかよ、一応証拠ってことで痣のところとか写真に撮ったりしといた方がいいんじゃねえの?」
確かに正論だが、果たして倫周の気持ちを考えると、そこまでしていいものかどうか気遣うところだ。考えあぐねる二人を前に、倫周は切なげに言った。
「ありがとう……ございます。でも……大丈夫です。怪我が少し良くなったら、僕の家の事情とかを相談したいと……思っている先輩がいるんです。本当は昨夜もその先輩のところへ向かう途中だったんです。でも体力が付いていかなくなってしまって……それで皆さんに助けていただいて……」
そうだったのか――
それならば先は暗いばかりではないかも知れない。一先ず怪我が快復するまでの間に、できるだけの支えになってやれればと思った。
そうこうしている内に、窓の外が白み始めていた。
「もう朝かよ……。あんた、一寝入りするか? 朝飯ができたら起こしてやっからさ」
遼二はそう言って立ち上がると、煙草を手に窓を開けてベランダへと顔を出した。
「何、一服? んじゃ、俺も-」
紫月も続いて立ち上がり、長身の二人の口元には高校生らしからぬ煙草が銜えられている。倫周は珍しいものでも見るように、ポカンと口を開けたまま、二人の様子を眺めてしまった。
「あー、今、”不良”とか思ったろ?」
ニヤっとバツの悪そうな笑みを浮かべた遼二に振り返られて、思わず頬が染まる。
(そんな仕草もパパにそっくりだ……)
確かに言葉使いは決して丁寧とは言えないし、見た目も優等生には見えない。今の煙草にしても褒められたものではないが、気取らないで親身に接してくれる。こんな扱いをされるのは初めてだった。
見ず知らずのはずの彼らが、とてもあたたかく感じられて、倫周は不安だらけのこんな状況下に一筋の光を得たような心持ちでいた。
そうだ、この怪我が治って動けるようになったら、真っ先に帝斗に会いに行こう。会って、彼の頬に傷を付けてしまったことを先ず謝りたい。そして、学園を辞めるにしろ家を出るにしろ、とにかくすべてを帝斗に話したい。
そんなことを打ち明けられても彼は困るかも知れないし、重い荷物を押し付ける迷惑なことかも知れないが、今の倫周には帝斗以外に頼れるところが無かった。
(ごめんなさい、帝斗――でも僕はどうしてもあなたに会って謝りたいんだ。今後のことを相談できるのもあなたしかいない……。こんな我が儘な僕、嫌われてしまうかも知れないけれど――)
そう思うと寂しさがこみ上げる。倫周は遼二らにバレないように、そっと潤んだ涙を拭ったのだった。
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