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第53話 甘い痛み
「助けたなんて大袈裟なもんじゃねえさ。桃陵 の連中がこの子にちょっかいを掛けてたようでな。済まなかった」
すんなりと謝罪した彼に、遼二らは若干驚いたふうに瞳を見開いた。
「あの……! 本当なんだ! 僕、遼二君たちに傘を届けようと思って……それで、その……道順を確かめようとこの辺をウロウロしてたんだ。そうしたら知らない高校の人たちに囲まれちゃって、傘をよこせって言われて困ってたところをこの方に助けてもらったの!」
「傘? ああ、そういや結構な降りだったな」
遼二らはアーケードの中を通って来たようで、幸い傘がなくても不自由はしなかったようではある。が、そこまでの間には少し濡れたのだろう、四人それぞれの髪や学ランなどに雨の跡が見えた。
「わざわざ持って来てくれたのか? 悪かったな」
そう言って微笑む遼二はもう普段の彼だ。先程までの剣呑な雰囲気はすっかりとなくなっている。そんな様子を横目に、氷川という男がフっと薄く笑んだのを感じた。
「それじゃ、俺はこれで」
「ああ――氷川、こいつを助けてくれてありがとな」
遼二の礼の言葉に、今度は氷川の方が少々驚いたように振り返ったが、すぐに口角の上がった様子に倫周はホッと胸を撫で下ろした。と同時に、彼らの間に何とも言いようのない絆というか、互いへの敬服のようなものが垣間見えた気がして、感激ともつかない不思議な気持ちになっていくのを感じていた。
そのまま全員で氷川の後ろ姿を見送った後、遼二から仲間の剛と京を紹介された。先日、横浜で助けられた際に遼二と一緒にいた親友だという。それを聞いて、倫周は剛らにも丁寧に礼を述べたのだった。
「すっかり元気になったみてえで!」
「ほんと、良かったな!」
口を揃えてそう笑い掛けてくれる剛と京という二人も、とても気さくで話しやすそうな感じだ。倫周は今まで自分の周りにはいなかったタイプの彼らに囲まれながら、居心地のいい安堵感を覚えるような気がしていた。
そうこうしている内にすっかり雨も上がってしまったのか、雲間から陽光が射し出したのに、
「あ……お天気になっちゃった」
持って来た傘が無駄になってしまったようで、少々残念そうにしながらも反面恥ずかしかったのか、倫周はモジモジと顔を赤らめた。
「通り雨だったのかもな。ほら、その傘持ってやるから全部こっちによこせ。お前、華奢だから重いだろ?」
遼二にそう言われて、更に恥ずかしそうに頬を染めた。
「ね、遼二君。さっきの人……遼二君たちの知り合いなの?」
「ああ、氷川のことか?」
「うん、そう。最初ちょっと怖そうな人だなって思ったんだけど、そんなこと全然なくてね。すごくやさしかったからさ」
「やさしかった……ねぇ。ま、別に知り合いってわけでもねえけどな。あいつは隣の桃陵学園ってとこで不良連中の頭って言われてるヤツだよ」
「ええ!? 不良って……じゃあ、本当はやっぱり怖い人ってこと?」
心底ビックリしたというようにクリクリと大きな瞳を見開いてそう訊いてくる倫周の様子が可笑しかったのか、遼二はプッと噴き出しそうになるのを抑え切れずにゲラゲラと笑い出した。
「お前ってホント天然っつか、純粋培養っつーかさ。おもしれえこと言うのな?」
「え、僕そんなおかしなこと言ったかな……?」
「や、別に可笑しいってわけじゃねえけどよ。何つーか、俺らの周りにゃいねえタイプだから、新鮮っつーかさ」
「えー、それを言うなら遼二君だってそうだよー? 僕の知らなかったタイプだもん」
「あ? どういう意味だよ、そりゃ」
まるでじゃれ合うようにポンポンと言いたいことをぶつけ合いながら、楽しげだ。そんな二人の後ろを歩きながら、剛と京が珍しいものでも見るようにして笑っていた。
「あの子、元気になって良かったわな」
「ああ。こないだあいつを拾ってきた晩とは大違いで驚いたわ!」
二人の会話を聞きながら、紫月もまた微笑しながらうなずく――
「けど、すっかり遼二のヤツに懐いちまって! 何つーか、昔っからのダチっつか、知り合いみてえな感じだし!」
京がほとほと感心したようにヒュー、と口笛と共にそんなことを口走ったのに、紫月は困ったように微苦笑を返した。
「ほーんと! ああしてっとまるで兄弟みてえだな」
横から剛までもがそんなことを言ってきて、ますます苦笑させられてしまう。
言われてみれば、前を歩く二人の姿はまるで心を許し合った親友そのものだ。というよりは、もっと親密な関係にさえ思えなくもない。
彼らは男同士だから”親友”という括りで当たっていそうなものだが、仮にし異性であったならば、相応に”いい雰囲気”と取れなくもない。楽しげな二人を見ていると、何だか胸の奥の方がモヤモヤとするような、或いはチクリと痛むような感覚に戸惑いを覚える。
そんな奇妙な気分を、独り胸の内に呑み込みながら歩く紫月であった。
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