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第55話 熱情夜半

「こんとこ、ちっとご無沙汰だったろ? だからさ……」 「あー、うん……そっちか」  何の誘いか分かっているのに、今初めて気付いたような返事をする。半ばかったるいような素振りをしつつも、横目から覗くその頬はうっすらと染まっている――こういった変化を見ているのがたまらないのだ。  そして紫月本人も、遼二に全てを見抜かれていることを分かっている。けれども、そっと気付かないふりをしながら求めてくれる過程を実感していたいわけだ。 「な、紫月――」  遠慮がちに――だが逸る本心を抑えつつなのか、幾度も頬や顎先を撫でてくる彼の仕草からは、既に雄のオーラが匂い立つようだ。 「しよう。……つか、したい……俺が」  そう問う瞳の中には欲情の焔がユラリと浮かんでいる。 「ん、俺も……」  紫月はすっくと立ち上がると、遼二を押し倒すように抱き付いて、そのままベッド上へともつれ込んだ。 「遼、俺さ……」 (お前ンことが――)  思わず口をついて出そうになったその言葉を呑み込んで、キスという行為にとって代えた。 「……ん、……っ、は……ぁ」  ひと言の会話を交わす間も惜しいといった調子で、紫月は遼二の唇を貪った。一旦なだれ込んでしまえば、高飛車なプライドも照れ隠しも、波がさらった砂の城のようだ。跡形も無い。有るのは『欲しい』という本能のままの素直な欲情だけだ。  首筋に腕を絡ませ、重ねるだけのキスを繰り返し、早く舌を突っ込んで奪われたくて、何度も何度もライトなキスで攻め立てる。 「何……? ひょっとしてお前もしたかった? すっげチュウの数。俺、めっちゃ愛されてねえ?」 「う……っせ、ちょい黙ってろって……」  紅潮を隠しながら毒づく仕草もたまらない。互いのすべてが欲しくて堪らなくて、唇だけでは到底足りずに、重なり合った雄同士を擦り付け合うようにしながら、二人は夢中で舌を絡め合った。 「……あ、はぁ……遼……遼二……ッ!」 「ん、もう欲しいか? マジ久々だもんな」 「……ああ、そう……欲し……」 「口でしてやっか? 一回ヌいといた方がいいかも」 「……ん、あぁ……」 「俺も……すぐイっちまいそうだし……。さっきだって風呂で……ちっとヤバかった」 「……風呂……で?」 「ん、お前ん裸、見ないようにしようと思うんだけど、ついつい目がいっちまってさ」  むくりとベッドの上で起き上がりながらスウェットを下げ、下着ごとずり下ろしながら遼二が自身の雄をさらけ出すのをとろけた思考のままに見上げていた。既に先走りで濡れているのか、木綿のボクサーショーツがうっすらと沁みている。そこは見て見ぬふりをしながらも、期待と欲情でゾワリと背筋が栗立った。 「しばらくヤってなかったし、マジ勃ちそうんなった。つか、親父さんの顔見たら引っ込んだけど」  照れ臭そうに笑いながらそんなことを言う。先ずは自分の服を脱いでから、こちらの服も脱がせてくれようとしているのだろうが、遼二が軽く彼自身の雄を握っただけで『ん――』と僅かに顔をしかめる仕草がたまらなく紫月を興奮させた。  まるで自慰の時の表情を想像させるようでもある。  思えば遼二の自慰行為など直に見たことはないが、そんなことを考えていたら、ふと以前に彼が言っていた、と或る言葉を思い出して、紫月はゴクリと喉が鳴るのを感じた。 「な、遼……」 「ん、何……?」 「……縛って……みる?」 「え……? は――?」  紫月のスウェットを脱がし、床へと放りながら、遼二は瞳を見開いた。 「縛るって……何?」 「前に言ってたじゃん、お前がマス掻く時のズリネタ……っての? 俺ンこと縛ってイかせてみてえ……とか何とか……さ? それ、やってみればって言ってんの」 「……え!? て、おま……急に何言い出すん……だって」 「シャツ。これで縛っていいぜ……そんでもってお前の好きにして……」いいぜ、という言葉を聞き終える前に遼二は紫月の両腕を掴むと、少々乱暴とも思える強引さで頭上に括り上げた。  瞳の中には欲情の火がギラギラと滾り――潤み、揺れている。 「んな、とんでもねえこと言ってくれて……どうなっても知らねえぞ?」  そんな台詞が堪らなく背筋を煽る。ゾクゾクとした欲情が雷鳴のように身体中を貫くようだった。それはまるで、小さく鳴っていた遠雷が突如頭上で炸裂したかのような感覚だ。 「……いい。どうでも好きに……しろって」  そう、めちゃくちゃに抱かれたい――今、まさにそんな気分だ。  昼間、倫周と親しげにしながら歩く遼二の姿に胸の奥がチクリと痛んだ。もしも倫周が遼二に好意を抱いたとしたら……そんな想像までもが浮かんだくらいだ。  だから何処へも行かせないようにこの男を自分だけに繋ぎ止めておきたい、最高に興奮した状態で自らを貪る彼を確認したい――無意識ながらも、そんな思いが紫月を突き動かしたのかも知れない。 「遼……縛られんのって……案外萌えるの……な?」 「え……?」 「こん……まんま、ずっとお前に縛られて……てえかな」 「――! おま、マジで俺に抱き潰されてえんか? やっべ……も、イきそ!」  キュっと切なげにひそめられた眉と瞳がビクビクと震えて、そんな遼二の表情が堪らなかった。 「お前ン……イキ顔見てるだけで……俺も出ちまいそ……遼、くっ……はぁ、遼二!」  紫月は自らの腰を浮かせると、互いの雄同士を擦り付けるように淫らに腰を揺らした。 「ッそ、バカッ……マジでイっちまう――! 紫月――ッ」  別に”早い”わけじゃない。若さ故、でもない。久々の逢瀬だから――というだけでもない。  自分たちですら気付かないところで、互いに寄せる愛しいという気持ちがそうさせたのかも知れなかった。 「うっそ……! 信じらんね! 今までで最短記録作っちまったかも」  あっという間に白濁を互いの腹にぶちまけて、遼二は少々唖然としたように照れ笑いをした。  そんな仕草も堪らない。はにかんだような笑顔も、それとは裏腹に逞しく盛り上がった腕の筋肉の質感も何もかもを――誰にも渡したくはない、そんな思いが紫月の胸を更に熱く締め付けていた。 「遼……」 「ん?」 「……全然足んねえ……から」 「――え?」 「お前は? 今ので満足しちまった?」 「まさか! ンなわけあるかよ。つか、お前どしたの? 今日はヤケに……」積極的なんだな、という言葉を取り上げられてしまう程に、紫月の視線が淫らに揺れていた。  熱に潤み、どうしようもないこの感覚をどうにかしてくれと――まるで訴えるかのように欲情まみれな瞳で見つめられて、遼二はガラにもなく頬を真っ赤に染め上げた。 「バッカ……煽んじゃねえよ……。ンな顔されたらマジでやべえって……」  口の中がカラカラに乾いてもつれて、上手くは言葉にならないほどだ。そんなこちらの心情をまるで無視といったふうに、更に淫らに紫月は続けた。 「もっと俺を欲しがれよ――もっと、そう……もっと……こう」  グリグリと雄同士を擦り付け合うように腰をくねらせる。飛び散った白濁を互いの肌に塗り込めるくらいの勢いで、紫月は大胆な挑発を続けてみせた。 「おっ前、どした……? 今日、めちゃくちゃエロくねっか?」 「そうか? 久々……だからじゃね? 早く突っ込まれたくて堪んねえ……の」  紫月は自らを見下ろす遼二の雄に手を伸ばして握り込むと、 「こいつで……めちゃくちゃにされてえ……」  我慢も限界といったように切なげにそう懇願した。 「バカ……、マジで知らねえぞ……! 俺、理性吹っ飛んで酷えことしちまいそ!」 「いいよ、しろって。酷えこと……されてみてえわ」  その台詞に煽られるように白肌に浮かぶ胸飾りを舌先で突き、舐め回したが、それだけじゃ満足できない。遼二は、興奮のままにそこを食いちぎらんばかりに愛撫した。 「……ッ、痛ぅ……!」  さすがに少々辛かったのか、吐息にまじって小さな声が耳元をかすめて、ハッと我に返った。 「悪り! ダイジョブか? つか……こんなん……。ほんとは俺、お前にはめっちゃ優しくしてえのによ……」 「……や……さしく?」 「ああ。お前に傷なんか付けたくねえ――。めちゃくちゃに抱いて、痛え思いとかさせたくねえし」  言葉とは裏腹に前戯は激しく乱暴だ。やさしく扱いたい気持ちよりも、欲しくて堪らない気持ちの方が勝るといったふうだ。紫月はそれが嬉しかった。 「いいよ、そんなん……気にすんな。やさしかろうが酷かろうが、お前にだったら何されても構わねえ……!」  そう、それが本心だ。紛れもない、本心――。  他の誰にも渡したくはない。  他の誰よりも執着されていたい。  触れ合う肌を突き破って、永遠に絡み合っていたい程に欲しくて堪らないんだ。  紫月はそんな本能の欲するままに目の前の全てを求めた。自らを抱く手の温もりを、腕の力を、熱い鼓動の高鳴りを、触れ合う全てをひとつひとつ確かめるかのように、目の前の唯一の存在を求めてやまない、まさに熱情をほとばしり合わせたそんな晩だった。 ◇    ◇    ◇

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