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第56話 白昼夢の入り口
次の日、授業が終わると同時に遼二と紫月は一足でも早く家に帰ろうと気を逸らせていた。今日は紫月の父親が倫周を伴って役所へ相談に出掛けているからだ。そろそろ彼らの方も帰宅する頃だろうし、早く結果を知りたいのもあって、珍しく寄り道の予定も立てずに教室を出る。だが、運の悪いことに今週の週直だった遼二は、昇降口へと向かう途中で担任に呼び止められて、近くの図書館までお使いを言い付けられてしまったのだった。
「クソッ、担任の野郎、調子コキやがってー! 仕方ねえ、即行で済ませて来っから、お前先に帰っててくれ」
遼二は紫月だけを先に帰すと、急ぎ用事を済ませに向かったのだった。
「……ったく、とんだロスしちまったぜ」
文字通り即行で”お使い”を片付けると、遼二は一目散に紫月の家の道場へと向かった。四天学園から直帰することから考えれば、九の字型の遠回りである。少しでも近道をしようと、駅の裏通りを抜けていくコースを選択した。
ここはいわゆる夜の繁華街として地元では有名な所で、昼の今はどこもかしこも静まり返っていて気味が悪い程だ。まあこれもこの街の風物詩といえばそうなのだが、夕刻からは客引きが立つようなアダルトな飲み屋街である。従って、昼間は眠った街の佇まいなわけだ。太陽の照りつける真っ昼間でも見事に人の気配がないから、何とも奇妙な風景なのである。
まあ、ここで生まれ育った遼二らにとっては慣れたものだが、他所から来た人間には少々不気味な印象に映ることだろう。そんな場所柄だから、たまに迷い込んだ不慣れな人間をターゲットにしてカツアゲなどが行われていることでも知れた界隈だった。
案の定といったところか――ふと通り掛った袋小路辺りで、珍しくも小さな人だかりが出来ている様子を目にすると、遼二は怪訝そうに眉をしかめた。
「あいつら、隣の桃稜の奴らじゃねえか?」
遠目に見たところ五、六人で誰かを取り囲んで意気込んでいる様子が分かった。その制服から、彼らが隣校の桃稜学園という男子校の生徒らだということと、どうにも息巻いているようなその感じからして、おそらくはロクなことをしていないのだろうと踏むと、遼二は急いで彼らの方へと走り寄った。
側へ寄れば、案の定ポケットに手を突っ込み、大袈裟に肩先を揺らし、斜め目線で顎を突き出し威嚇して、そうされて怯えているだろう誰かを囲んでは、別の仲間が侮蔑まじりに薄ら笑いを漏らしている。お決まりのその現場を確認すると、
「ふん、やっぱロクなことしてねえじゃん! こんなまっ昼間っから多勢に無勢でカツアゲってか?」
チィと舌打ちと共にそう言った遼二に、
「あぁ? 何だ、てめえは!」
と、これまたお決まりの凄みが返ってきた。そんな彼らの隙間からフイと覗けば、そこには自分と同じ年くらいの男が一人、桃稜のチンピラたちに囲まれてレンガの壁を背に身を守るようにしながらうつむいているのが垣間見えた。
やっぱり脅しか――
呆れ気味に溜息を漏らした遼二の登場に、囲まれていたその男は驚いたように顔をあげた。やはり同じ高校生くらいといった感じの、だが酷く優等生のような品の良さをかもし出した男が蒼ざめた表情でいるのが分かった。
「は――、やっぱカツアゲかよ。たった一人をこんな大勢で取り囲んでよ。この界隈でこーゆーことされっと、はっきし言ってメイワクなんだよなぁ? つーか、滅法気分悪いっつーの」
「はあッ!? 何だテメェは!」
遼二の挑発的な言葉にチンピラ連中の一人が大声で凄み、すかさず拳を振り上げてきた。だが遼二はそれを身軽にかわすと、ついでに男の脚をヒョイと引っ掛けて、その場へとつんのめらせた。
「クソッ! てめえ、何様だ!」
恥を塗られたとばかりに、転げた男が更に凄んで大声を上げる。
「ナメてっとブッ殺すぞッ!」
そう怒鳴り、立ち上がった瞬間だった。
「よせ……!」
後方でその様子を見ていた彼らの仲間内の一人が、慌てたような調子で声を上ずらせ、止めに入った。
「何だよッ! このクソ生意気な野郎を殺る方が先じゃねえのかよっ!」
仲間に制止されて益々頭に血がのぼったのか、男は大袈裟にそうがなり立て、だが次の瞬間、
「バカ、よく見ろ! コイツ……四天の鐘崎だ……」
早口でコソッと耳打ちをされ、ギョッとしたように形相を変えた。と同時に、今さっきまで取り囲んでいた優等生ふうの男に、
「くそっ、運のいい野郎だぜ!」
と、悔しげに捨て台詞だけ残すと、雲の子を散らしたように男たちはその場を後にして行った。
◇ ◇ ◇
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