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第57話 上品な男

「大丈夫か?」  去って行った桃陵の連中を見送りながら、蒼白な様子で立ち尽くしている男にそう声を掛けた。 「あ、ええ……。はい」  彼らが立ち去ったことでとりあえずは安堵しつつも、遼二への警戒心も幾分拭い切れないのか、未だ固い表情のままで言葉少なだ。そんな様子を気遣うように、 「もう平気だからよ。安心していいぜ。あんた、怪我はねえか?」  遼二は不必要に彼を怯えさせないようにと、少しの距離を置いたままでそう訊いた。 「……はい、大丈夫です」 「この辺りは昼間の方が物騒っつーか、人通り少ねえからたまにこんなことがあるんだ。あいつらは隣の高校の奴らなんだけど、俺らのガッコとはちょっとした因縁あってね。そのせいもあって、たまにここいら界隈に顔出しちゃ騒ぎを起こしやがるのよ」  男たちの逃げて行った方向を見やりながらチィと舌打ちをする遼二に、どう返答したものかといったふうに男は未だ怯えた様子だ。 「あ、すまねえな、ついベラベラと。そんなこたぁ、あんたにゃ関係ねえもんな? 悪りィ」  照れたように頭を掻く様子にようやくと安心したのか、男はホッと表情を緩めると、 「すみません……。助けていただいて……その、ありがとう」  丁寧な礼の言葉を口にした。怯えてうわずってはいるものの、何とも品のいいその声とやわらかな仕草に思わずポカンと見入らされてしまう。遼二は普段自分の周囲では見掛けないような男の雰囲気に、瞳をパチパチとさせてしまった。 「あんたさ、この辺の奴じゃないだろ? こんなトコで何してたの?」 「あ、はい……この辺りは詳しくなくて……少し道に迷ってしまいました」 「あー、そう……」  済まなさそうに頭を下げる様子といい、何とも優雅な物言いにまったくもって調子を狂わされる。 「えっとさ、余計な節介かも知れねえけど……もしよかったら大通りまで送るぜ?」 「え……?」 「えーと、だからその……一人じゃ危ねえだろ? さっきの奴らみてえなのは他にもウロウロしてっから」 「あ、はい。すみません、本当に……ありがとう。助けていただいた上にお気遣いまでいただいて」 「や、別にそんな……気遣いだなんて」  どうにも調子が狂ってしまう。あまり耳慣れない丁寧な言葉使いといい、品の良過ぎる仕草といい、別次元の人間と会話しているような錯覚に陥いりそうだ。よくよく見れば童話の中から抜け出てきた王子のような雰囲気の男の様子に、悪いとは思いつつも凝視せずにはいられないといったところだった。 「あの……よろしければお名前をうかがっても?」  大通りまで送る途中でそう訊かれて、遼二はキョトンと隣の男を見やった。 「改めて御礼に伺わせていただけたらと思いまして。このお近くの学生さんでいらっしゃいますか?」 「や、はぁ……あの……」  いったい何処の御曹司だろうか――品が良いを通り越して、これではまともな会話が成り立ちそうにもない。遼二はタジタジ、苦笑させられてしまった。 「別に礼なんて必要ねえよ。とにかくあんたに怪我がなくて良かったわ」  おどけながらそう言ったが、まさに本心だった。箱入り娘という言葉があるが、目の前の男はまさにそれそのものだ。無菌状態の王子のような男が、供の一人も付けないで市中をフラフラしていること自体が異質なくらいだと思えた。 「と、とにかく……行こうか?」  そうだ、いつまで此処でこうしていても仕方ない。紫月の家では市役所に行った倫周も待っているだろうし、油を売っている暇はない。遼二はこの品の良過ぎる男をうながして、大通りへと歩を進めた。 「あんたも学生? 住まいは都内か?」  歩きながら、男がどういった経緯でここにいるのかが気になってそう訊いた。 「いえ、僕は隣の市に住んでいます。この春に高等部の三年生になったばかりです」 「へえ、そんじゃ俺ら、同い歳か」 「あなたも三年生なのですか」  男の方も完全に警戒心が解けたようで、穏やかな笑みを浮かべている。  しかし、こうしてマジマジと至近距離で見ると、本当に綺麗な男だ。顔立ちは少女コミックから抜け出てきたのではと思わせるくらい整っていて、体型も絵に描いたような細身でいて美しい。綺麗な男といえば紫月や、それに倫周という男も似たようなものだが、この彼は二次元の劇画の主人公のような印象だった。  悪いとは思いつつも、ついポカンと眺めてしまうのをやめられないくらい、とにかく遼二は今まで周囲にはいなかったタイプの男に何ともいえない不思議な感覚を覚えてならなかった。  そうこうしている内に大通りに辿り着いた。 「ほら、あの歩道橋の向こうが駅だ。もう一人で行けそうか?」 「はい、お陰で助かりました。ありがとう」  男は丁寧にお礼を述べると同時に、胸ポケットから小さな革製の入れ物を取り出すと、白魚のような手で一枚の紙を遼二へと差し出した。 「あの、これ僕の連絡先です。本当に……もしご迷惑でなければ、あなたのもお教えいただけたら嬉しいのですが――」  男が差し出したのは名刺だった。ということは、革製の何かは名刺入れなのだろう。まだ高校生の身でこんなものをごく自然に扱っているところを見ると、やはり余程の良家育ちなのだろう。 「あー、どうも……。けど、俺ン方はマジでそんな大したことしたわけじゃねえし、その――名刺とかも持ってねえからさ」  気にすんなよと言おうと思った――その時だった。ふと、男の指に紫月や倫周のしている物と色違いの指輪が目に付いて、ギョッとしたように遼二は瞳を見開いた。 「あんた……それっ……!」  気付いた時には思わず彼の手を掴み上げて指にはまったそれを凝視、僅かながらに蒼白となっていた。 ◇    ◇    ◇

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