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第2話

 ヒトと呼ばれる存在がこの世から消えて半世紀。世界には様々なヒトと獣のハーフが集落を形成していた。彼らは基本的にヒトの姿をし、耳や尻尾、翼や鱗や牙など、外見に僅かに獣の痕跡を残している。時折完全に獣の姿で生まれるものもいるが、未だヒトそのままの姿で生まれてきた者はいない。  人狼はヒトと狼の血を引く獣人だ。彼らが住む人狼の里には、その名の通り狼の獣人が住む。  セツやロウヤも狼の耳と尻尾を持つ人狼である。だが、ヒトの耳を持つ彼らに本来獣の耳は必要ない。現に彼らの獣の耳にその機能はないからだ。しかし全くの役立たずという訳ではない。彼らの耳はある特定の音を捉えることが出来た。たった一人、唯一の音を。それは運命の相手とも言える番いの声だ。  呼霊(こだま)と呼ばれるそれは、自らが愛する者の心の声。お互い愛し愛されて初めて聴こえる双方向の、偽る事の出来ない恋人同士の声。大人になる時まで封じられたその機能は、一人前と認められた年に解除され、愛する人に求愛する事が許される。  セツも成人するにあたり、呼霊の儀式を行った。彼の幼馴染であり、ロウヤの兄でもあるサイガと共に。  結果は沈黙。セツの耳は誰の声も捉えることが出来なかった。ずっと側にいたサイガの声すらも。  サイガの声を捉えたのは、里でもはみ出しものと呼ばれていた少年だった。彼が愛し選んだのはセツではなかったのだ。 「呼霊……か」  里の外れにある小高い丘。一本だけ立つ楡の木の根元に座ると、抜けるように鮮やかな青い空を見上げる。  セツは幼い頃からこの場所が好きだった。ここで風に吹かれていると、ちっぽけな自分がバカバカしくなって、元気になれる気がするからだ。一人の時もあれば、いつも一緒にいたサイガと二人の時もあった。しかしもうサイガは居ない。彼は先ほど結婚式を挙げ、花嫁とともに新居に入ったからだ。  ぽっかり空いた隣の不在。その空虚さに、そうか、これが一人という事かと、傍らにいない存在を改めて想う。余りにも近くにいすぎた彼のことを。  慣れないといけないのだと、目を伏せ、膝を抱えるセツの傍らが不意に温かくなった。膝に埋めていた顔を上げると、不安そうに揺れる黒の眼差しと出逢う。 「どうした?」  他人の気配に気づかないほど油断していたらしい。なぜここに居るのだろう。花婿の弟である彼は、今頃宴会の只中にいるはずなのに。不思議そうなセツの声に、ロウヤはくしゃりと顔を歪めた。 「セツが、一人だから」  その言葉に、セツの唇に笑みが浮かぶ。自嘲めいたそれを見て、彼はセツに身体を摺り寄せ、両腕を巻きつけて来た。普段他人より少し体温の低いセツと違い、まだ子供だからだろうか、ロウヤの身体は温かかった。

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