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第3話

「帰らないと、みんな心配するぞ」 「俺はセツの方が心配だから、いいんだ」  力強く否定する声に苦笑が浮かぶ。サイガの弟は昔から周りに揶揄われるほど、セツによく懐いていた。下手をすれば、ロウヤ自身の兄よりも。彼は、身寄りのないセツにとっても家族同然の存在だ。本当の兄にはなり損なってしまったが、大事であることには変わりはない。 「俺は大丈夫だ」  だから戻れと言うセツに、ロウヤは首を振った。 「違うよ」  ぎぅと、抱きしめてくる腕に力が篭る。まだ稚い肢体は、細いとはいえ成人したセツよりも小さく華奢だ。それでも必死に回される手の温もりが、セツの中にも伝わって来て、心地良い他人の体温にうっとりとする。 「大丈夫じゃないのは、俺なんだ」  ロウヤの言葉に、顔を上げた。兄の青灰色の瞳と違い、混じりっけなしの黒曜石のような瞳。悪戯が好きでいつも茶目っ気たっぷりのその表情が、普段見た事もない色を帯びているのに気づいた。飲み込まれてしまいそうな深い色。 「セツ、俺おかしいんだ。兄さんのことは好きだし、結婚するのは祝福してる。でも、セツにこんな表情をさせる兄さんは大っ嫌いだ」  淡々と言い募る彼から目が離せない。 「セツを悲しませる兄さんは嫌いだし、悲しんでるのを見ると俺も悲しい。それなのに心のどこかが嬉しいんだ。だってこれでセツは兄さんのものにはならないんだから。諦めなくていいんだって思ったら、……俺、セツが悲しんでるってのに、すごく嬉しい。最低だけど、嬉しいんだ。俺おかしい。壊れちゃったのかな」  無防備で、無邪気とも言える幼い表情で笑う。どこか諦念したような切なげな顔は、セツが今まで見たことのないもの。あぁ。これは誰だろうと、息を飲む。少なくとも、セツのよく知っている、弟のように思ってきた存在ではない。 「セツ、好きだ。ずっと好き。愛してる。俺の番いになって」  切羽詰まったような、熱を帯びた声。唇に柔らかい感触を感じた。キスされたんだと、麻痺した頭のどこかで理解する。それと同時に頭の同じ部分がいけないと警鐘を鳴らす。 「ロウヤ、それは勘違いだ」  それとも幼いころにかかる一時的な病。大きくなると笑い話になってしまう他愛のないもの。  セツはゆっくりと首を振ると、身体に巻きついている手を解いた。 「信じてくれないの?」 「信じてるよ。でもな、お前いつも俺にべったりだろ。一番近くにいるからそう思うだけで、大きくなって他の世界に触れると違うことが分かるって」  くしゃりと髪を撫でてやると、ロウヤの顔が泣きそうに歪む。たらりと垂れる尻尾と、伏せられる耳。思わず抱きしめて慰めたくなるのを堪えた。

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