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第5話
「ほんっと、ありゃ失言だったなぁ……」
ロウヤが帰った後、機械的に日常の仕事を終えたセツは、食事を終えてベッドにごろりと横になった。風呂に入らなきゃと思いつつ、枕に顔を埋め、ぐりぐりと額を擦り付ける。ベッドの上でじたばたと、ひとしきり手足と尻尾を動かすと、ぱたりとシーツの上で動かなくなった。しばらくして無意識に漏れたため息に、咽せて顔を上げる。視界に入るのは、見慣れた自分の家の中。
セツは里でただ一人の薬師だ。幼い頃両親を亡くし、先代の薬師に引き取られた。彼亡き後跡を継ぎ、薬師として生計を立てている。
彼の家でまず最初に目に入るのは、いかにも薬師の家らしく、天井から下がった様々な薬草。棚には薬瓶が詰まっていて、すっきりとした香草の匂いがする。狭いけれど独り暮らしには十分な広さだ。ぐるりと見渡したセツは、扉へと視線を向けた。だが見つめるのは扉の向こう。彼の心を乱して去って行った、漆黒の髪と尻尾を持つ若者。
あれから五年が経った。それまで色事めいた話がなかったわけではないのだが、独り身のまま、いつの間にか今に至っている。寂しいことこの上もない。
「別に、待ってたとかはないんだけどな」
――お前を呼んでもいいか?
そう、言われたことは何度かある。しかしセツの耳はどの声も拾うことはなかった。サイガと同じ幼馴染だった村長の息子から言われたとき、彼とならと思ったのに。やはり彼の声も聞こえる事はなかった。
――俺の耳、ひょっとして不能なんだろうか。
そんな馬鹿馬鹿しい考えも、頭に浮かんでしまう。セツは形の良い眉を顰めると、自分のとがった耳を摘まんで引っ張ってみた。ぱたりと、ふさふさした尻尾を揺らすと、またひとつため息を漏らす。
「あ~、もう。ぐだぐだ悩んだって仕方ない」
なにかを振り払うように首を振ると、ベッドから身体を起こして、薄暗くなりつつある窓の外を見やった。そろそろ月が輝きを増す時間だ。逢魔が時の昼と夜が交差する、夜の生き物が目醒める時。呼霊の儀式が始まる。
あの黒狼は、セツしか呼ばないと言っていた。応えなど返って来ないのに。彼は応えを返す気などない。
月日が経てば考えも変わるだろうと、ロウヤの想いを甘く見ていたセツだが、彼の答えは五年前から変わっていない。セツにとってロウヤは可愛い弟だ。そしてロウヤが昔言った通り、里の雄の中でもとりわけ強く美しく成長した彼に、身寄りもなく年上の自分が相応しいとは思えない。彼にはもっと可愛らしい年下の相手の方が似合っている。
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