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第6話
そもそも俺にあいつが抱けるのか。
想像して慌てて首を振った。無理だな、うん。腕を組んで大きく頷く。世界に数多いる種族の中には同性婚を嫌う里もあるのだが、人狼の里では忌避されてはいない。番いの声を聴き取り、生涯ただ一人を愛し抜く人狼にとって、性別など些細なことだ。セツもそれは気にしていない。
第一この不良品の獣耳、五年も機能しなかったのだ。今更誰かに反応するとは思えない。
風呂でも沸かすかと、立ち上がり掛けたセツの身体が不意に強張った。息が苦しい。どくどくと高鳴る鼓動に胸を押さえる。これは一体なんだろうか。
頭の中を貫くように、響く音。
彼を呼ぶ、切ない声。
なんだこれは。思わず伸ばした手が、耳に触れる。先程不良品と自ら揶揄 した獣耳。今まで全く反応もしなかった耳が、音を拾っていた。
ヒトの耳が捉える、鼓膜を震わせる空気の波動ではない。もっと深い場所から聞こえる声が、セツ自身を絡め取り、縛り上げる。
「ロウヤ……」
知っている。この声は彼のものだ。
ぎゅっと、身体の下のシーツを握り締めると、ともすれば扉へと向かいそうになる自分を必死で抑える。こんなのは違う。
――嫌だ。
認める訳にいかない。彼は弟なのだ。セツにとっては大事な家族。どうしてそのままじゃいけないんだ。
行きたくない。そう思うほど、否定するほどに胸の苦しさが増す。逢いたいと、セツの心が呼応する。呼び掛けに応えようとする口を手で塞いだ。そんなの認めない。
彼は違う。違うのだ。
いやいやをするように首が振られる。想いとは裏腹にひとりでに立ち上がり扉へと向かう身体と、引き留めようとする心がさざめきあう。
これが番いの声の力。ようやく理解する。こんなもの、抗えるわけがない。
扉に手を掛け外へと駆け出した。彼へと続く道程すらもどかしい。距離もしがらみも、彼と自分を繋ぐ全てが、なくなってしまえば良いのにと思う。早く直ぐ傍で彼を感じたい。目尻から零れる涙は、もう直ぐ逢える愛しい人を想う心か、喪った弟を想う心か。
目指す場所は知っている。里の外れにある丘だ。
「セツ!?」
驚いたように大きく見開かれた瞳。自分を見る濡れたように輝く黒い眼差し、なんて綺麗なんだろうと思う。
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