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第7話

 息が上がる口元に手を当て、けぶるような長いまつ毛の下、煌めくアメジスト色の瞳から涙が零れるまま、セツはじっとロウヤを見つめた。  ゆっくりと、自分の方へ歩いてくる黒狼に、知らず後ずさる。違うのだと、何度も振られる首。来るつもりなんかなかった。自分にとってロウヤは―― 「来てくれたんだ」  歓喜の声がセツの鼓膜と心を震わせる。雛鳥を翼で包み込むように柔らかく、腕の中に抱き込まれ、少し高い体温に安堵した。ここが自分の居場所だと、泣きたいほど切なく胸が震える。  声もなくはらはらと涙を零す愛しい想い人に、黒狼はセツが見たことがない、甘やかな笑みを浮かべた。頬に手を伸ばすと、髪をかき上げて目を合わせる。  これは、違う。セツの知らない男だ。 「セツ、セツ、俺を呼んで」  頬に当てた親指で、零れ落ちる涙を拭う。口元を押さえ、ただ黙って泣く相手に、困ったように笑うロウヤ。  意地っ張りなところも愛しいと思ってしまうのだから、仕方ない。想い人はどうしても、彼を弟枠から外したくないらしい。それこそ自分の心を自分で偽ってまで。  自信など全くなかった。新雪を思わせる白銀の髪と透けるような白い肌。紫水晶のような神秘的な瞳。頬は健康的な桃色をして、唇は赤い蕾のように雄を誘う。セツの美しさは他の人狼の里でも有名で、彼が求婚される度、ロウヤの心は狂いそうな程の嫉妬に苛まれた。どうして年下に生まれてしまったのか、どうしてまだ自分に資格がないのか、悔しくて堪らない。本人にその自覚がないため、彼が周りを牽制するのに、どれだけ苦労したことか。  それもみんな、過去のこと。ようやく囚えた愛しい存在が目の前にいる。ロウヤは目を細めると、彼の口を塞ぐ邪魔な手に触れた。細くて繊細な長い指もロウヤの好みなのだが、今は声を聞くための障害物でしかない。  くっと、一瞬だけ力が篭った手は、握り締めると彼の手が導くまま、口元から外された。少し開かれた唇に、今すぐむしゃぶりつきたい衝動を堪える。 「セツ?」 「……ほ」 「なぁに?」  微かな声。聞き取れなくて首を傾げる。 「ロウヤの阿呆、ズルいぞ」  確かこの人は俺より年上だったよな。頬を赤らめ、上目遣いに拗ねた口調で唇を尖らせる白狼。真っ白な雪のような肌が、ほんのりと朱色に染まっている。それをさせているのが自分だと思うと、可愛くて愛しくて堪らない。 「ズルくても良いよ、セツが欲しい。ねぇ、頂戴」

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