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第2話

加賀美が、黒に金のアラベスク装飾が施されたDMを受け取ったのは三日前の事だった。 “明日の22時、あの秘密基地で。” 差出人の名前はなかったが、該当する人物の名は唯一人しか浮かばなかった。 二条 みなせ。 16の夏まで共に過ごした幼馴染。最後に会ってから13年の月日が経とうとしていた。 授業中に倒れて早退したと聞いた翌日には、二条がΩだったらしいと学校中に噂が流れた。 そしてその日中には「業界に激震、二条グループ窮地。跡取りがΩか。長男(16)は愛人との子だった」と新聞の一面に取り上げられていた。 家を訪ねようにも連日押し掛ける報道陣に阻まれた挙句、運悪く同級生として姿を映され「同級生もショックを隠し切れない様子」とコメント付きでワイドショーに報じられた御陰で両親からも「二条とは関わるな」と釘を刺された。 以降、加賀美がみなせに会う事はもちろん、姿を見る事さえなかったのだった。 それが意味する事を加賀美は解っていた。 権力のある親が愛人との間に子供を作ったは良いが、Ωが生まれた事で経営が傾いてしまったという事例を既にいくつも知っていたからだ。 「息子がαで本当に良かった」「是非とも同じαと結婚を」と口癖のように言う両親然り、社会はα一強だ。 だからみなせは、姿を消した。そうせざるを得なかったから。 二条 みなせは俺の初恋の相手だった。本人にはもちろん、誰にも言えなかった秘密だ。 淡い恋心だった。 親の会社の看板を背負う跡継ぎである事、政略結婚の為の許嫁がいる事、同じαである事(実際は違ったが)など、境遇が似ていたからか、年を追うごとに悩む内容も非常によく似ていた。 そんな悩みを、近所の裏山に放置された土管の中で、よく打ち明け合っていた。 秘密基地、と称して子供ながらに二人で色々な事を語り合ったっけ。 いつの頃からか、次第に好きになって惹かれるようになった。 妙に単純に全部が好きで、運命的なものを感じていたんだ。あの頃の俺は、確かに。 「司、許嫁ってやっぱり絶対結婚しないといけないのかな」 「当たり前だろ。うちは半年に一回顔合わせしたりしてるし、高校出たら直ぐにでもって話」 「そっかぁ……そうだよね……」 「まあ、俺も迷う所なんだよな。ピンと来ないって言うか、結婚って好きな二人が合意してロマンチックにするもんじゃん?」 「うん、僕もそう、思う。それに、──」 「ん?」 「──僕、結婚するなら……──って、ごめん、やっぱ明日話す!」 「なんだよ、明日って。今話せよ」 「ごめん!でもやっぱり明日!」 あの日、みなせが消えた日の前の日。 中途半端に話し止められた些細な事が今でも心に引っ掛かっていた。 もっと掘り下げたら良かった、もしかして好きな人がいるんじゃないのか、と聞いて、実は俺、好きな人がいて、婚約を破棄出来ないか考えてると白状してしまえば良かった。 忙殺される毎日の中で届いた一通の手紙によって、加賀美の心に若かりし頃の淡い日々と淡い思いが烈々と蘇った。 割ける時間など、正直な所全くなかったが、それでも無理にスケジュールを空けたのは、そういえばという切り口で打ち明け話をしようなんて淡い期待が沸いたからだ。 結局、高校を卒業した直後には学業に専念したいからという理由で早々と英国に飛び、帰国後も仕事に専念したいからと婚約を先延ばしにしてしまっている、何故ならお前が好きだったからだと今更ながらに笑い話にしてしまいたかった。 顔を見て声を聞いて、もしもまた、熱烈に好きだという気持ちが溢れ出たら改めて、婚約について考え直そう。そう、淡い期待が沸いたからだった。 だが、待ち合わせの時間、待ち合わせの場所にみなせが姿を現す事はなく。 背後から足音もなく忍び寄った何者かによって薬を嗅がされ気絶させられてしまった。 目が覚めてから丸一日、独房のような場所に飲まず食わずで監禁された後、手をロープで拘束された上に目隠しをされて連れて来られたのが例の空間だった。 ロープを解かれて隣接する牢獄に押し込められて暫く。 目隠しをお取りください、というアナウンスに従って自由になった視界が捉えたのは、以前とは丸っきり雰囲気さえ変わってしまった初恋の相手だった。 冷酷非道な王の様な出で立ちの、──……二条 みなせ。

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