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3月9日月曜日
「!?」
驚き振り向いた背後には、ビニール傘越しでもはっきりと認識出来る、男の姿があった。
頬を伝う雨粒と同時に、大介の背筋に一筋冷や汗が流れる。
「何してるんだ? こんな所で」
声に音階はまるでないが鼻で笑われたのが解り、大介は奥歯を噛みしめる。
「まあ……いい。少年、一服付き合えよ」
声の主遥平は、背丈は余り変わらない大介を顎先で呼び、先に歩き出した。
* * *
駐車場の横、ビルの軒先の一角に招き入れられた。
大の男が3人立てば肩が触れるだろうスペース。
足元には、煤けた大きめの缶が置かれている。
大介は隣に立つ男に視線を向けず、ただコンクリートの屋根から落ちてゆく雨を見つめている。
「何してる……してたんですか?」
(なんで、こいつが居たんだ)
大介の中で[人生で会いたくない奴ランキング]ぶっちぎり一位と鉢合わせ、今一緒に居る。
もし会社を眺めていて、大介が先に遥平の姿を目にしたら、一目散で帰ったのに。
思いもよらず背後から現れ、大介は逃げることも出来なかった。
直弥に「来るな」と言われていたのに、欲望に負け来てしまった自分への罰かもしれない。
大介はため息を吐く。
「何してるって……それはこっちの台詞だ。
まあ、聞くだけバカらしいか。残念ながら君にとって 愛しの直弥 は営業に出てる」
「……」
「これは、会社でも肩身が狭くて、ここでしか吸えないからな」
雨の中うろついていた訳……さっき買ってきたであろう、煙草のケースを遥平は開けた。
一本銜え、もう一本を指で挟み大介に差し出すふりをする。
「どうだ、一本。って、少年には勧められないな」
大介の視線が間に合わないスピードで、ケースにしまった。
遥平から放たれる言葉には、相変わらず抑揚のかけらもないのに”少年”という言葉だけはやけに強調されて大介には聞こえ、またギリと奥歯を噛んだ。
雨の湿気のせいか何度かカチカチと音がした後、煙が無言の二人の間を漂う。
「肩身狭いなら……やめればいいのに」
会話が成り立たない代わりに、遥平の言葉を反芻していて、大介は自然と独り言をつぶやいていた。
自分は大人になっても絶対に吸いやしないだろう。吸いたいとも思わない。
「社会に出りゃ、これがストレス解消にもなる。学生には解らないだろうけど。
ま、結婚したら、やめるさ」
遥平は美味そうに、口内で煙を泳がしながら答えた。
「な、」
聞かれてると思わなかった返事に大介は閉口した。
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