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3月10日火曜日
直弥に気付く奴が、特に自分のせいで憔悴している状態の直弥に、気付く奴がいるだなんて、思わなかった。
「……少し、甘かったな」
去年の夏、ガキが目の前に現れてから……それまでは「お前も良い相手つくれ」だの言っていた癖に、我ながら珍しく、取り乱した行動を多々したなと思う。
(知らない間に、ガキに引っ張られていた)
あの頃直弥が、あのガキと出会ってから少しずつ変わって行くのが感じ取れた。
感情を口に出され、遥平自身も世間体だのどうでも良くて手放さなければよかったと後悔もした。
だけど、アイの事も本当に好きだ。最低と言われようと、本心だからしょうがない。
遥平は寒さに震えながら、細い煙を吐く。
昨日の大介が答えた正解後の言葉を反芻する。
”心も顔も体も全部綺麗! ”
鼻で笑ってしまう。
なんてバカな乏しい語彙で幼稚な表現、だけど。
「……概ね、同意だな」
遥平は抑揚なく、呟いた。
ガキに嫌いとはっきり言われた後、感謝しているとも言われた。
流石に理解不能だったから、口も挟めなかった。
”捨ててくれてありがとう”
だけど、この言葉を聞いて、漸く意味が理解できた。
捨てるとか拾うとか……ガキ、直弥を崇拝している癖に、物扱いかと嘲笑った。
けれど、何度も何度も「捨てた」という言葉が出て来るうちに……遥平に向けられた言葉の様に聞こえてきた。
”お前は、捨てたんだ”
そう何度も念を押されている気がしてきた。
人の話は基本、話半分で聞いている。そんな遥平が少し、堪えた。
「あいつ……バカな様で、バカじゃないかもな」
初めて見た屈託のないガキの笑顔も思い出された。
* * *
寒さに身を震わせながらも、遥平は喫煙所を動きはしなかった。
「……あ、」
やがて聞こえてきた足音に軽く頷き、煙草を缶に捨てた後、遥平は駐車場に歩き出す。
程なくして、直弥が喫煙所にやってきた。
遥平にとっては誰とも聞き違わない、直弥の足音だ。
直弥が煙草を銜え、火をつけたのを暗い駐車場で確認し、遥平は再び喫煙所に歩を進めた。
「……よぉ」
暗闇から現れた遥平の姿を見た途端、直弥は飛び上る程驚いている。
慌てて点けた煙草を捨てようとした手を、遥平は止めた。
「まあ、一服だけでもしてゆけよ」
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