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7月31日金曜日
「あの日はさ、バイト帰りで……近道だからこの道通ったら」
大介の話を聞き、直弥は言葉を失った。
(まさか、ここが……)
一人知らずに通った所で、絶対気づかなかっただろう。
現に今言われても、微塵も覚えがない。
倒れる前後の記憶が今でも何一つない。
――目覚めた時は、大介の部屋だった。
「ナオヤさん、やっぱりその顔は、思い出せない顔だな」
大介は直弥の顔を覗きこんで問いかけてきた。直弥はゆっくり頷く。
「アンタは、一生思い出せなくて
俺は、一生忘れられねー場所が、ここ」
大介は真顔のまま視線を落とした。
飲食店の裏口付近と思われるその場所は、業務用の缶やらゴミ袋が置かれていて、お世辞にも綺麗とは言えない空間で
(そこに酔いどれた男が転がっていたのか……)
直弥は自分の当時の姿を想像しかけて、止めた。
「ダイスケ、本当に……改めて有り難う。こんな所で汚い俺を助けて、拾ってくれて」
「礼なんか止めてくれ。前にも言っただろ。俺は一目惚れしたから……そんな善意だけとかじゃ……」
大介は切れ長の目を少し曇らせて、目を伏せた。
「俺、あの日から何度も一人でここに来た。出会わせてくれて、有り難うって」
「ダイスケ……」
「今日、一緒に来たかったんだ。ちょうど会った記念日だし」
「ここで俺達、始まった。でも……」
聞いていた言葉が途切れ、直弥が仰ぎ見た大介は、ここ最近見たことのない感情を押し殺した表情で。初めて出会った頃に似ている。
「正確に言うと……
俺はナオヤさんに出会ったけど、ナオヤさんは俺に出会ってない。あの時会ったのは、俺が一方的に意識のないアンタに、だった。全然平等じゃねー」
少しの間を置いて大介は、意を決したように話し始めた。
直弥も大介の様子につられ、大介の一言一言に聞き入る。
「口に出して言わなかっただけで、俺、前から気付いてた。
ずっと思ってた。何度も考えた。ここに来る時はいつも……」
大介は切ない表情で直弥が倒れていた所を見つめている。
「アンタの意志関係なく、俺は連れて帰った。それは俺にとっては運命だったけど、ナオヤさんにとって本当に運命だったのかな? って。
一年前の今日、あの時、ナオヤさんの意識があって、俺が手を差し伸べたら」
大介の手が、直弥に向かって伸ばされた。
「アンタは、この手を掴んで俺の所に来てくれたのか? 本当は、払いのけて別の助けを待ったんじゃねーか、自分でしっかり帰ったのかもな……って。
俺に出会ったのは、ナオヤさんにとってほんとに」
直弥に伸ばした手を、力なく下ろした。
「目が覚めてもう俺がいて、恩人でって言う、それってずるいよな、俺。卑怯だって判ってるけど、ずっと聞かなきゃと思ってたけど。勇気がなくて、聞けなかった……」
「ダイスケ……」
「だから、決めて」
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