203 / 255

7月31日金曜日

 大介が、ここに来てから初めて薄く笑った。 「あの時、こんなバカでガキな俺に拾われなきゃもっと違う人生が…… 今日1年経っちまったけど、アンタは今、目が覚めてる。 あの時に戻って、決めて。やり直し可能。恩とか情とか抜きにして、俺を選ばなくても全然良い。気にしないでくれ。 今までナオヤさんに、選ぶ権利与えなくて、ゴメン」  一言一言一生懸命話してくれた後、大介は直弥に背を向けた。 (大介がこんな事考えてただなんて、夢にも思わなかった)  直弥は瞬きも忘れて大介の姿を呆然と眺める。  感情に委せ、一も二もなく直弥は大介の元に駆け出そうとした。  けれど、理性に足の自由を奪われて、踏み出せない。  ”決めて”  なんて言われなくても、決まってる。  どんな出会いだったであろうが、そんなもの。 (だけど……俺だって同じだ。いや、俺の方がもっと……)  直弥は大介の後ろ姿を、穴があくほど見つめた。 (俺も何度もずっと前から考えてるさ。大介こそ、俺に会わなければ……こんな俺を助けたばっかりに……大介の人生は大きく変わってしまった)  あの時、17になったばかりの少年が。前途も将来もある、こんな良い子が……これからも俺と居て本当にそれは運命で、幸せなのか?  まだ高校生なのに、付き合って楽しい事、何一つ…… (陽の光の下、俺は手を繋いでデート一つさせてやれない)  そんな事を考えると息が苦しくて、現実から逃げてしまいたい。だけど逃げられない。  今まで逃げて来たツケが、大介によって突如突きつけられた。 (このまま、俺が立ち止まっていれば)  大介を、まともな世界に返してやれる。  普段目を背けていた常識やモラルや理性が溢れだし、立ち止まったままだった。  暫くの沈黙が流れた後、大介が歩きだした。  見慣れた大好きな背中がゆっくり遠ざかってゆく。

ともだちにシェアしよう!