204 / 255
7月31日金曜日
「ダイスケ!!」
直弥が自分自身に驚いた時には遅かった。大声で名前を呼び、駆け出していた。
離れてゆく後ろ姿を見て、我を失った。
気付くと、本能が理性に勝ってしまっていた。
(ごめん、大介! 俺は……ダメな大人だ)
「い、行かないでくれ!」
走った勢いのまま、大介の背中に体当たりし、しがみつく。
路地で唯一姿が有った猫が、驚いて走って逃げてった。
「……本当に、俺で?」
「決まってるだろ」
「もう、ダメかと思った。
俺、振り向く根性無かった……ナオヤさん、長い間返事無かったし」
触れて気付いた。大介の背中は震えている。
「それは……ごめん。違うんだ。
俺の気持ちは決まってたけど、ただ、突然のことだったから、驚いて……」
直弥は踏み出せなかった本当の理由を言いかけて止めた。
自分の誕生日の時も飲み込んだ本心。
”こんな俺でお前こそいいのか? ”
聞いて大介がかかっている、俺を好きでいてくれる勘違いの魔法がとけるのが怖いから、言わない。
大介は”自分は卑怯だ”と言いながら、今日ちゃんと直弥に言ってくれた。
(だけど、俺は本当の事、お前に言わない……言えない。大介ゴメン。大人はもっと卑怯だよ)
あんなに悩み苦しんだのに、大介の体温を感じて
今、手中にある事がこの上ない幸せに感じ、杞憂は吹き飛ぶ。
(今の俺が間違いで、これから先、この運命は違ってるとなったら……その時は、神様から罰だってなんだって受ける)
直弥は誓う。
不意に大介の背中が手からすり抜け、視界から消えた。
大介は、直弥の元にしゃがみこんでいる。
「ダイスケ、どうした?」
「乗って」
大介は振り向かず、後ろ手で直弥を呼んだ。
「え、」
「言ったろ、酔ったアンタの面倒は俺だけが見るって。おぶってやる」
「そんな……俺、歩けるよ」
「いいから、早く。ナオヤ」
テコでも動かない大介に呼び捨てされ、おずおずと背中に身体を預けた。
「だ、大丈夫かい?」
「意識無い人間担ぐ方が重いから。今日は全然大丈夫だって」
直弥をおぶって立ち上がり、大介は淡々と歩き始めた。
「ダイスケ……」
大介の首筋に直弥は顔を埋める。
次第にぐちゃぐちゃになった感情が溢れ返って、涙となって零れ落ちた。
程なく、大介が立ち止まった。
「ダイスケ? やっぱり重いんだろ? お、降りる……」
ともだちにシェアしよう!