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8月30日日曜日 2年目
”アイツは来ない”
言葉にすれば、一息数秒で伝えられる言葉。けれど、直弥は口にする気にならなかった。
言ってどうなる?
疑心が全て拭われるのか?
そんな簡単な事ならとっくに言ってる。
人間の感情、そんな簡単な物じゃない。
直弥自身がそうだから。
(風呂入った意味、無かったな)
どうでも良いことが頭をよぎり自嘲する。
大介に再度衝き上げながら、直弥は流される快感の狭間でぼんやり思い巡らせる。
突かれる度に揺れる視線の先には、玄関。
上半身は玄関の廊下で、下半身はリビングだ。
――今日は遥平の誕生日。
去年までここへ訪ねてきた。
遥平とは今、神に誓って何の繋がりもない。来る関係では無いと断言できる。……直弥は。
だけど、向こうが気まぐれで、度々見せた対抗心の嫌がらせで1%来ないとも限らない。
宅急便が帰った後、鍵もしていない。
暗唱は変えているけれど、万が一でも遥平がここへ辿り着き、あの、玄関の扉を今開いたら……
(……構わない)
大介と今しているこの姿を見られても。
逆に、今入って来て遥平に見られて、大介の心は救われるなら、いっそ見せて構わない。
見られて良い。それ位本気で思う。
こんなに大介を無意識に傷つけて、心を苦しめてしまっているのは、今までの自分の所為。
去年の今日、鉢合わせにした後、別れた遥平の事を思いながら眠り、大介に一晩中慰められた。
(思い出しても、大介の優しさに甘えて非道い事を。俺が逆の立場なら……)
ぼんやり見ていた玄関が滲んで見えた。
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