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9月20日日曜日 2年目

 杉崎は遠野に腕を貸し、身動きせず背中に立ち続けている。 (遠野にとって、俺は通りすがりの誰かで良い。独りで泣いている、状況さえ無くなれば)  縋りつかれた袖は涙で濡れ、握りしめられた皺でぐちゃぐちゃに撚れている。 (こんな腕でも役に立って、良かった。俺の事、生理的に受け付けない先生じゃないみたいで、よかった)  項垂れている腕の中の遠野を見ながら、杉崎は安堵する。  ここが毎日二人で先生と生徒として、杉崎が教壇で教え、遠野が授業を受けている同じ空間とは思えない。  杉崎は相変わらず黙ったままで、教室に遠野が啜り泣く声だけが響く、別世界の時間が暫く流れ。 「先生、」 「……」 「何か、喋って下さい……」  どれくらい時間が経ったのだろう。一頻り泣き終えて、呼吸が落ち着き、静まり返った空気の中、遠野がくぐもった声で、呟いた。 「先生、……いつも……おしゃべりなくせに……なんで、何も……言わないの?」 「いや、俺、何話したら」 「何でも……良いです……何か……どうでも良い事……なんでも……」  遠野は再び杉崎の腕を両手で掴み、額をつけた。  気の利いた事、話せれば話していた。出来ないから黙っていた杉崎は戸惑う。 (どうでも良い事、何でも? 何を……)  大介の事も、現実の辛い事も、遠野が思い出さないどうでも良い話を、ただするだけで良いのだろうか?  それで気が紛れるのなら…… 「あの、本当に、どうでも良い話だけど……先生が、日本史の教師になるきっかけなんだが……」  急に問われ、面白い話一つ浮かばず、頭に浮かんだ話がこれだった。 (遠野にとって何の興味もないだろう、担任の、俺自身の話) 「小学生の時に、自分と同じ名前の歴史上人物が居る事を知ったんだ。そこから興味を持って本読んで、歴史が好きになって」 「剣聖将軍の事、ですか」 「え?!」  遠野の小さい声だけれどその返事に、杉崎は息が止まるほど驚いた。 「遠野、名前知って」 「先生と同じ名前の将軍位知ってます。受験生ですから」 (遠野が俺の名前、憶えてくれている? 俺は教師Aじゃないのか?)

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