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第10話
手を握られたことに、少し驚いていたけど累希さんは安心したように笑った。
そんな表情が少しだけ。
海を思い浮かばせた。
「月さん?どうしたんですか?」
突如立ち止まった俺に不思議そうな声がかかる。
苦しそうに声をかける彼にハッとする。
「ごめんなさい、なんでもないですよ。急ぎましょうか。」
そういい、累希さんの手を引っ張って近くの公園のトイレに入る。
少し、薄暗くて周りには全然人がいない。
「ここでいいですかね?」
気持ちが悪いなら、人が少ない場所の方がいい気もするからここでいいだろう。
一応、確認のために声をかける。
「うん。ここなら大丈夫かな~。」
「なにがですか?」
楽しそうに、声を弾ませた累希さんに背筋が凍る。
なにか、嫌なことが起こるようなそんな気がして震えた声が出てしまう。
そんな俺を見て、彼は楽しそうに笑う。
「ダメだよ。簡単に信じちゃ。」
そういいながら、累希さん俺との距離を詰めてくる。
ゆっくり、ゆっくり近づいて来る累希さんに恐怖が募り、後ずさる。
「累希さん…?」
背中が壁に当たり、立ち止まる。
慌てた俺を見て、累希さんが距離を更に詰めて来る。
大きな音を立て、俺の顔の右側に左手をつく。
――俗に言う壁ドンというやつだろう。
「累希さん、やる相手間違えてませんか?」
「月さんさ、そんなに可愛いのに自覚ないの?あ、それとももしかしてゲイじゃない?俺と同じ感じしたからゲイだと思ったんだけど…違った?」
違くはない…んだけど。
でも、この状況になっているのがよくわからない。
「違くないですけど…。」
「あ、ほんとう?よかったぁ。じゃ、これ!」
今思えば、この時素直に答えなきゃよかった。
ポケットから液体の入った瓶を取り出して、累希さんは中身を口に含んだ。
そして、そのまま俺にキスをして。
「んっ…!?やめっ!」
「飲んで。」
舌を伝って液体が口内に入ってくる。
何かわからなくて飲み込みたくなくてもがくと、イライラしたように鼻を摘まれる。
息ができなくなってそのまま飲み込んでしまう。
「ケホッケホッ…なに…を。」
「んー10分くらいかな。そしたらすぐにわかるよ。」
累希さんはそういうと、近くのベンチに座ってスマホを取りだした。
気持ち悪いって言ってたのは嘘?
『月は優しいからすぐ騙される!それに付け込んでひどいことする人もいるから…だから俺から離れないで?あと、絶対に前髪上げないで!!』
付き合いはじめたばかりに海に言われた言葉を思い出す。
後半はよくわからないままけど海の言いたがってたことは何となくわかった。
こういう風に、見ず知らずの人に変なことされないようにって海は俺のこと守ってくれてたんだ。
そう思うと、また胸が苦しくなった。
海に…会いたい。
「月さんさ、なんであんなところに一人だったの?あ、てか電話相手に言っといてね?用事出来たって。ね?」
「あんっ!いゃ…」
ゆっくり、手を撫でられ変な声が出る。
何これ…なんで?
「えっろぉ…そろそろ効いてきたか。ねぇ、月さん。今、どんな感じ?」
「どんな感じ…って?」
半泣きになりながら声を絞り出す。
そうすれば累希さんは目を細めて嬉しそうに俺に顔を近づけた。
キスをされる。
そう思って慌てて距離を取ろうとする。
「っ…月さんってそれ無意識?Sを煽っちゃダメだよ?それとも…わざと?」
「ちがうっ!やめっ、離してっ!やっ!かいっ!海、助けてっ!!」
海じゃない人に触られて、気持ちいいと思う自分が嫌だ。
いつもそんなことないのになんで?
さっき、女に触られたときだって気持ち悪いって思ったのに。
助けてくれるはずのない、恋人の名前を叫ぶ。
累希さんは眉間にシワを寄せて顔を離すと、俺の服を掴んだ。
「なぁ、誰?海って。さっき、虎って言ってなかったか?」
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