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第9話 錆びれた靴

 (まただ。これで何足だよ?)  目の前にある泥まみれの上履きに溜息をつく。よく見ると擦りつけるように汚れ、靴底はボロボロになっている。  朝、学園に登校するなり上履きが悲惨な状態になっていた。 「あ、アリス、おはよ……って! ナニコレ、相変わらずひどいね……」  雅也がボロボロの上履きを見て、言葉を失う。まるで雅也がいじめのターゲットのような表情をしてくれるので申し訳ない。 「おはよう、雅也。定番のいじめですよ。今日は泥バージョン。笑えるよね」  泥まみれの上履きを履くのを諦め、靴下のまま歩く。前回は画鋲が靴の中にたんまり入っていたので、穴は小さく開いたがまだ履けた。だが今回はワイドアタック棒状タイプの洗剤でも落ちそうになく、諦めるしかない。  朝から気分も体調も最悪だった。  昨日は水樹に保健室で散々嬲られ、家に帰る頃にはとっぷりと日が暮れていた。そしてふらふらになる自分に水樹は不機嫌そうに西園寺には近づくな、と耳にタコが出来るほど言い続けた。  何が近づくな、だ。  俺だってαには近づきたくない…!  水樹が近づいただけで、この有り様だ! 「なんか、僕、Ωが虐められてるのは大抵聞いてるけど、βがここまで陰湿ないじめを受けてるの初めてみたよ」  雅也が悲惨な上履きを見つめながら、同情の眼差しを注いでくる。 「しかもΩがβを虐めるという構図なんだよね。ほんと、笑える」  fujjossy学園での敵は多い。  fujjossy学園は瀬谷グループの傘下にあり、男子校だ。特進クラスのα、普通クラスのα、そしてβとΩのクラスに分かれている。  水樹がアリスに構うたびに、上履き、教科書はボロボロになる。集団シカトは序の口で、体操着もなくなる。流石に制服を一式揃え直した時は親に申し訳なかった。水樹に言うと一大事になるので黙ってるが、やり方もマンネリ化してきて呆れるとともに感覚が麻痺してきて慣れていた。  犯人はβかΩしかいない。  何故βのおまえが?とクラスメイトは苛立ちを隠せないでいる。  自分がΩならばその運命を呪うが、平凡に生きるはずだったβの自分がαである水樹に人生をめちゃくちゃにされてるようで腹が立つ。  将来は絶対公務員になりたかった。瀬谷グループとは無縁の企業はないからだ。  もはや国家権力に頼らなければいけないほど、自分の基本的人権は瀕している。  平和に暮らそうとしているのに、水樹が昨日のように自分を呼び出したり、一緒にいるだけで陰湿ないじめが繰り返される。ましてや教室にはあの集団がいる。 「アリス上履きどうする? ……これじゃ履けないよね。僕が借りてこようか?」  雅也が気を遣って声をかけてくれるが、首を横に振って時計を確かめる。 「いいよ。自分でスリッパを借りに行く。もうホームルーム始まるし、雅也は先に行ってて」  悲惨な靴を前に落ち込むことはしない。上履き代は惜しいが、誰かが傷つけられたわけではない。  はぁ……。  そろそろ上履き代の為にバイトしたい。  前にバイトしたいと探したら、理由もなく全てのバイト先に断られた苦い経験を思い出す。  (駄目だ、水樹には絶対にバレないように探さないと………)  とぼとぼと歩いていると、向かい側から水樹が不機嫌そうにツカツカとこっちへ来るのが見える。  (げ、水樹だ)  条件反射なのかそっと、アリスは隠れるように近くの教室に隠れた。

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