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第10話 痴の函

 水樹はツカツカと横を通り過ぎていく。  ほっと胸を撫で下ろし、アリスは辺りを見回す。  空き教室と思ったが、そこは図書室で誰もいない。いくつもの本棚が並び、紙の匂いが朝の空気と混じってムッと鼻を掠めた。  ……あれは?  つい探していた文庫本が目に入り、靴下のまま本棚に近寄る。文庫本を手に取り、あとで借りようとほくほくと嬉しさで胸が躍る。  すると、突然誰かが入ってきた。驚いて反射的に本棚の後ろにそそくさとアリスは隠れた。  だ、誰だ?  二人はチュッチュッとリップ音を立てながら激しくキスをして息を荒くしている。そして図書室の鍵をカチャリと閉める音が聞こえた。  え、鍵閉めた?  ベルトを緩める音とチュプチュプとした卑猥な音が図書室に響く。アリスは嫌な予感がした。  ここは本当に健全な高等教育機関なのか?  まさかと思い、本棚から少しだけ顔を出す。椅子に座る如月 奏(きさらぎ そう)が見えて顔が青ざめてしまう。  F4αの中で一番チャラい如月。  近づいただけで、耐性が弱いΩならヒートを起こすという妖艶な雰囲気を醸し出す。空気に精子を飛び散らせてるんじゃないかと水樹に言ったら笑っていたが、アリスは本気でそう思っている。  そして如月のマシンガンを咥えて、股間に顔を埋めているブレザーの生徒が見えた。  フェッ、フェラチオ?  え、朝から?  いやいやいや、なんで朝から発情してんの?  ドキドキとアリスの鼓動が早まる。 「へー、あんたが親衛隊から差し出された新しいΩ? もう少し、舐めるのが上手いと助かるけどなぁ。うーん、30点かな。やっぱ、ヒートすると理性失ってフェラも下手になるの?」  如月は根元まで咥えている生徒の後頭部を股間にぐいぐい押しつけ、馬鹿にしたように笑う。その余裕ぶりから、恐らく如月は薬でヒートに当てられないように防衛している。  な、なんて奴だ。  噂通りのクソ野郎で、わなわなとアリスは握った拳が震えそうになる。  ここで殴っても、自分だけが処分されるだけだ。我慢だ。我慢。この学園を卒業すると就職や進学は容易く進められる。そう念じながら目が離さないでいた。 「……ん、ぁ、んんッ」  生徒は懸命に如月の雄を加えながら、音を立てて吸っている。尻の方には染みのようなものが滲み視線がその部分に集中してしまう。  ズボンが濡れている……!  恐らく彼はΩで、ヒートを起こしている。はあはあと息を荒くし、美味しそうに如月の雄を舐め取っているが欲しくて堪らなそうだ。 「んーもうちょっと頑張らないと、親衛隊にチェンジしてもらおっかな?」  親衛隊というのは、Ω親衛隊というfujjossy学園に代々伝わるαとΩを取り締まる部隊だ。学園のαとΩが安易に番を作らないように見張っており厳しく監視している。勿論、F4αに進呈するΩを厳密に審査して捧げ、そして捨てたΩの処理とケアまで行なっている恐ろしい部隊だ。 「……お願ぃ、で、す。それは、やめッ……」    滾った雄から唇を離し、潤んだ瞳で如月を見上げている。 「欲しい?」  如月は嘲るように微笑を浮かべ、滾った太くて長い雄を物欲しそうにしているΩに見せつけた。そしてΩらしき生徒は嬉しそうに頷く。  ……これがΩか。  まるで本能に取り憑かれている動物だった。 首にはチョーカーをつけて、ご主人様から餌を待つように従順に従えている。  一部始終を眺め、同情と虚しさで胸が締め付けられた。自分もΩだったら、水樹にあんな風にされていたのか。  理性を失って、本能のままに水樹を求め合い続ける事が自分には出来ない。  本棚に顔を戻して、情事が終わるのを息を顰めて静かに待つ。  すると、同じように蹲りながら座っている男が横にいるのにアリスは気づいた。

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