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第12話 智の勇者

「……あんまり見るなよ、恥ずかしいだろ」  門倉は真っ赤になりながら、顔を顰めた。  まさかF4αに童貞がいるなんて、誰も思わないだろう。F4αは家柄、容姿、頭脳、体力全てに置いて完璧で絶大な人気を他校からも持つ。水樹を始め、四人は有名人だ。 「ごめん、でも……あ、うん、まぁ俺も童貞だった」  よくよく考えてみれば、自分も尻は貫通済だが、前は完全に童貞なので門倉を馬鹿にする権利はない。  初めてαと雅也以外とまともな会話をし、脳回路に摩擦が生じる。αというだけで、どいつもこいつも偉そうに見下す奴ばかりだったので感動を覚えてしまうのだ。門倉のように腰が低く、対等に接してくれる奴は教師ですらいない。  水樹のように見下し、上から目線で命令してくるのが通常のαだ。 「……じゃあ、俺達仲間だな。ただ、疑問なんだが…… 「え?」  童貞仲間に何か疑問があるのか?  門倉は眉を顰めてじっと顔をみつめてくる凛々しい眉が端正整った顔立ちを、より際立たせているのが分かった。 「どうしてアリスはそんなにαを嫌うんだ?村でも焼かれたのか?」  (村? 俺の実家は都内だけど?)  門倉の真剣な表情をきょとんとした顔で見つめる。 「なにそれ?」 「前に如月がアリスはαに村を焼かれたんじゃなかってぐらいαを嫌っていると話していたのを聞いた」  確かにそれぐらいαが嫌いだが、村など焼かれていない。そもそも村などない。  唐突に可笑しな質問をする門倉の顔を見て、笑いがこみ上げる。 「あはは、村なんて焼かれてなんてないよ。昔から水樹に追われて、嫌気が差してんだ」  制服も汚され、靴も泥だらけ、教科書も何度も買い直した。相手にするのも馬鹿らしく、早く平凡非凡に生きたい。 「水樹はアリスが好きなんだろ?」  門倉は空のペットボトルを床に置いた。その言葉にズキンと心が痛む。 (本当に水樹は俺のことを好きなのだろうか) 『好きだ、愛している』  甘い吐息と共に何度も囁かれるが、所詮αだ。βの俺が子供を産めるわけがないし、Ωのようにヒートで水樹を翻弄出来ない。 「どうなんだろうね。……あ、それよりホームルーム過ぎちゃったじゃん。体調は良くなった?俺、そろそろ授業に出るよ」  門倉の顔を見ると、血色は戻り大分回復したようだ。汚れた制服を持ち、その場を離れようとすると、唐突に手を掴まれる。 「まて」  ぐいっと引き寄せられ、体勢を崩して門倉の膝の上に尻もちをついてしまった。 「……ッ!な、なに?」  上目遣いで門倉の顔を見上げると、じっと真剣な面持ちでこちらを見ている。 「せめて、これを着ていろ。風邪を引く。汚した制服は俺が返すから、置いていけ。」  門倉は着ていた上着を脱いで、肩へかけた。 一瞬、ふわりと門倉の匂いがして、変な気分になる。 (わわわ、王子様じゃないか)  童貞だが、人間の格差を見せつけられた気がした。アリスはこんな格好いい台詞は言えない。 「え、いいよ。悪い……」 「いいから、早く行かないと遅れるぞ。行けよ。」  躊躇いながら断るが、門倉はキッと睨みつけて有無を言わさない。  水樹もそうだが、同じ歳とは思えない門倉の威圧感を感じ、いそいそと丸めた制服を置いて立ち上がる。  門倉の隣で大きな制服に袖を通すと、まるで門倉に抱き締められているような変な気分がした。 (な、なんだこのいい香りは)  水樹とは違う男の匂いにドギマギと胸の鼓動が早まる。 「門倉ありがとう。制服はクリーニングに出して返しとくよ。またここにいる?」  αの教室には共用教室以外、一般のΩやβは立入禁止となっている。ヒートを起こし、αが反応してラット状態になるのを防ぐ為だ。Ωだけ立入禁止すると差別になるので、βも同じように禁止されている。 「ああ、ここにいる」 「わかった。門倉、お大事にな」 「ありがとう」  門倉は短く返事をし、瞼を閉じた。  少し寝てから戻るのだろう。  ダボダボの制服に身を包みながら、アリスは顔を赤め図書室を去った。

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