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第14話 疑の勇者

『水樹、困ったことがあったら言えよ! 俺が助けてやるからな!』  小さなアリスはよくそんな事を言っていた。水樹(みずき)は幼時の記憶がよみがえる。  瀬谷グループの御曹司というだけで無邪気な幼児達は羽虫のように水樹によってたかってはちょっかいをかけてくる。身体も小さく、病弱だった為に室内で遊ぶ事が多かったせいか理不尽な理由で玩具を取られ、仲間外れにされることもしばしばあった。  だが幼馴染のアリスだけは違った。  アリスはそんな自分を見つけるとすぐに飛んで来ては盾となり守った。そして一人ぼっちの水樹といつも一緒に遊んだ。  アリス、アリスと言いながら、小さな背中をついていく。アリスはいたずらっ子のような笑顔で振り返り、照れながら小さな手を差し出して、その手を繋いで歩いた。本を読んだり、絵を描いたり、水樹の広い屋敷の中でかくれんぼをしたりと毎日のように二人で過ごした。  父親は常に仕事で屋敷にはおらず、母親も執事や使用人に水樹を任せて不在がちだった。寂寞たる広い屋敷のなかで、アリスは天使のように見えた。  そんな幸せな日々が中学生まで続いたが、ある日を境に消える。バース性適正検査だ。α、β、Ωというバース性に自分がどこに属するか血液検査を一斉に行う。中学生になると水樹はアリスの背を優に追い越し、体格も人一倍がっしりとした身体つきになり、周囲からは羨望と期待の眼差しを向けられていた。  水樹が中学校から帰宅すると、普段不在の父親がバース適正検査の結果を持ちながら誇らしげに広いリビング中央にある本革のソファに腰掛けていた。 『水樹、おめでとう。やっぱりおまえはαだったな。これからは瀬谷の為に貢献出来るようによく精進しなさい』  白々しい興ざめた言葉にうんざりしてしまう。 『そうよ、水樹。将来はαとして、優秀な子供を産んで、真っ当なαとして生きなさい。アリスちゃんと仲良くなるのは良いけど、貴方には私達がちゃんと相応しい番を見つけますからね』  横にいた母親も父親の隣で悠然と紅茶をすすっていた。  ――勝手なことを言いやがって。    普段自分の事など興味も沸かないくせに、なんて奴らなんだ!  相応しい番だなんて、アリスに失礼じゃないか。アリスだってβだが人間だ。親よりも長く傍にいて、自分の事を親身に心配してくる一番の理解者だ。 『母さん、それはアリスに失礼ですよ?俺は番など作る気もありません。跡取りは弟の(つかさ)に譲ります』  水樹には三つ下の弟がいる。司の方が自分よりも相応しい。  それだけ言って、ムシャクシャした気持ちで両親の前から立ち去った。それからだ。アリスが自分を避けるようになり、逃げるアリスに執拗に執着するようになったのは……。 『……俺はおまえに相応しくない』  アリスは肩を落とし、しょんぼりと呟いた。  βであるが故に、誰かに言われたのだろう。アリスは水樹から距離をとるたびに、水樹はそれを無視した。それがなんなんだ? アリスがΩなら、すぐに(うなじ)を噛んで番にして一生傍にいてやると胸のなかで呟いた。  アリスは平凡非凡と本人は下卑するが、そんなことはない。栗色の柔らかい髪の毛、ややつり目の瞳は目にいれても痛くないほど可愛い。心の奥底から好きで、愛している。それは胸を張って言える。  互いのバースが判明してから、ギクシャクするアリスを執拗に追っては逃げられ、逃げると追い詰めた。そしてやっと昨日アリスを抱いた。水樹、水樹と名前を呼びながら涙目でしがみついてくるアリスは最高に愛しい。自分の手で快感に悶えて堕ちていくアリスを眺めると渇いた心が満たされる。これでやっと手に入ったのか?いや、まだだ。なにか足りない。 『……水樹なんて大っ嫌いだっ……!』  アリスのその言葉が頭にこびりつく。  こんなにも愛しているのに、どうしてアリスは同じ気持ちになってくれないのか。  アリスが好きだ。誰にも渡したくないーー!  バース性が多様ならば、価値観も多様でなくてはならない。αが必ずΩと番になる必要なんてない。子孫を残すという目的だけでしかなく、心まで決められているわけではないのだ。心から好きだと、愛するものを選ぶのは自分自身なのだと強くおもう。動物のように身体を求めあうのでなく、アリスの性格や全てが欲しい。  俺のモノだ。  絶対に誰にも渡さない。  それなのに婚約者なんて寄越しやがって……!  水樹は教室に戻りながら、長い廊下を暗鬱な目で眺めた。    

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